NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest渡辺美里さん

渡辺美里さん

1985年デビュー。翌年「My Revolution」がチャート1位となり、同年8月、女性ソロシンガーとして日本初となるスタジアム公演を西武スタジアムにて成功させる。以降20年連続公演という前人未到の記録を達成し、渡辺美里の活動の中でも代名詞的な存在となる。

2005年西武スタジアムに終止符を打った翌年、2006年からは、毎年「美里祭り」と題して様々な都市でLIVEを開催。渡辺美里の活動は音楽だけにとどまらず、ラジオのパーソナリティー、ナレーション、2012年、2014年はミュージカル「アリス・イン・ワンダーランド」で不思議の国を支配する『ハートの女王』を演じるなど、様々な分野にチャレンジし続けている。

デビュー30周年を迎えた2015年は、19枚目のオリジナルアルバム『オーディナリー・ライフ』を携えて、5月から47都道府県で「美里祭り」を開催。

2016年1月9日には30周年の集大成と31年目のスタートとして、横浜アリーナでの公演を大成功させる。2018年6月29日より全国ツアーを開催。

数多くのヒット曲と代表曲を持つ、名実ともに日本を代表する女性ヴォーカリストである。

フロンティアスピリットでたどり着いた35年分の「身分証明」

2019/08/10
渡辺美里さん。
その歴史は女性ボーカリストとしての道を開拓し続けてきました。
名曲「マイレボリューション」の大ヒット。
女性ソロシンガーとして日本初となるスタジアム公演。

1年また1年と円熟味を増した渡辺美里さんは
今年デビュー35周年イヤーに突入しました。

美里さんの代名詞でもある西武球場ライブ。
1986年から2005年まで、20年間連続で開催されました。
ライブのステージについてこう語っています。

「夏と言えばスタジアムで準備する。いつもツアーで旅をしていたんですけど、その中で、西武球場はお正月みたいな感じでしたね。20年開催したということは、学生だった人が社会人になり、人と出会い、結婚し、子供が生まれどんどん家族が増えていった感じがしますね。ライブはその瞬間しかないですからね!映像として残してできますけど、その時の温度、匂いそこに向かうまでの皆さんが持ってきてくれるそれぞれのストーリーっていうのがそこにしかない時間なので、一瞬一瞬忘れないですね」

そういった一瞬を積み重ね。
今年35周年イヤーに突入した美里さん。
盟友・大江千里さんという存在についてはこう語っています。

「大江千里さんとは付き合いは本当に長いです。千里さんもデビューして間もない頃だったので。今、千里さんはジャズピアニストとしてニューヨークを拠点に活動されているんですけど、大事な時には曲をお願いしています。日本のポップスの音楽家としてのキャリアを一旦閉じて、ジャズミュージシャンとして大学まで行き直して、ジャズプレイヤーとしてやっていこうと思うと、一番最初に話してくれたのは私だと思います」

そんな盟・大江千里さんも参加した20枚目のアルバム「ID」リリースされました。

「自分史上、とってもハッピーでもっと好きなアルバムが出来てしまいました。今の私も表現できて、普遍的であって瞬間の輝きをちゃんと閉じ込められる事が出来たアルバムだと思います。中でも、長く一緒に仕事をしてきたディレクターが千里さんに、「好き」っていう曲が入っているアルバムが出てから30年なんですけど、30年の時を経てその先のストーリーを頼みたいんです。ってディレクターから言われて面白いと思い依頼しました。この曲については一切言っていないんです、そして返ってきたものが完璧な状態で、懐かしいだけど新しい。どこを切っても渡辺美里と大江千里なんだけど新鮮と思える。世界に一つのオリジナルが出来ました。それが、すきのその先へという曲です」


第一線で活躍し続ける美里さん
これからのビジョンとは?

「常にクリエイティブな環境に身を置きたいなと思っています。デビューが出来たというのが全てではなくて、長く好きな事を続けていくっていう時には、曲にも書きましたけど、無我夢中で走る自分がありながらも、どこか俯瞰で自分自身の人生をどういう風にしたいか?どういう歌を歌いたいか?どんな女性になりたいか?プロデュースする目線って必ず必要だと思うんですね。そういう時に、ワクワクしながら、緊張しながら、でも、王道を行きながらクリエティブな物を常に求めて新しい物を作っていくというところに身を置く。心を置くっていう風にしたいなと思っています」

リスナーのあなたも 
長く好きなことを続けて行く。
そんな美里さんのライフストリーから
ワクワクする人生のヒントを見つけてみてはいかがでしょう。
  • この記事をツイートする

24時間365日 渡辺美里でいるプロ意識

2019/08/03
1985年の5月2日。
ケニーロギンスの日本語カバー、
「I’m Free」でデビューされた渡辺美里さん。
歌手になる夢をかなえた瞬間の気持ちとは?

「デビュー日は凄いドキドキ、嬉しい、夢が叶った一日。レコード屋さんに行って確認して、ジャケットを一番前にしてきました。」

そして、4枚目のシングルであの名曲に出会います。
「My Revolution」

「この曲はデモテープ貰った記憶がないんですよ。デビューアルバムを作っている最中、小室哲哉さんが持ってきてくれて、スタジオのピアノで弾いてくれたのが最初だったですよ。作詞は川村真澄さん。プロフェッショナルな曲、詞って凄いなと思います。川村さんはその時代に新しい風を吹かせた作詞家のお一人だと思います」

「My Revolution」を歌うときの想いとは・・・?

「中途半端な気持ちで歌う事が出来ない曲。この曲が好きな人があまりにも多くて、半端な気持ちじゃ歌えない曲。自分の中にでも力が湧いてくる曲なので、凄く大好きです」

運命の曲に出会い、女性ボーカリストとしての地位を不動のものにした渡辺美里さん。
命とも言える”のど”に対するプロ意識とは?

「風邪なんて絶対ひきたくないし、冬になると人付き合い悪くて、予約が取れないお肉屋さんでご飯食べるけど行かない?行かない!と凄い感じの悪い人になる、ボーカリストは孤独なんです。そして、渡辺美里っていうのは、24時間365日営業中。あの時に会ったあの人あんな事を言っていたな凄く素敵な言葉だったなという反面、そうじゃないモノをキャッチしたときに、なんであの人はあの言葉を選んだんだろうと思ったところから曲が出来るとか、コンサートのMCにつながるなど、良い物に出会うとヒュンとアンテナが動くと思います」。

リスナーのあなたも、
良い物に出会うアンテナを働かせてみてはいかがでしょう?

今回も素敵なお話を聞かせてくださった渡辺美里さん。
8月7日に20枚目のオリジナルアルバム「ID」をリリースされます。
ぜひ、チェックしてくださいね。
  • この記事をツイートする

努力は誰かが見つけてくれるもの

2019/07/27
日本を代表する女性シンガー 渡辺美里さん。
歌い手としてのはじまりとは?

『物心つく前からしゃもじやおたまをマイク代わりに親戚の前で披露をしていましたね。歌手になりたいと強い決心をしたのは10歳のとき。そして、中学のとき、近所にセネガル大使館におつとめの方がいらして、家族でてお邪魔したんですね。身振り手振りでお話をしていたんですけど、もう話が持たない!となった時にカラオケで、「思い出のサンフランシスコ」という曲を英語で歌ったんです。そうしたら、セネガル大使館の方が涙してくれました。それで、やっぱり歌手になろう!という気持ちを後押ししてくれました』

強く歌手になろうと決心した渡辺美里さん。
高校生の時には運命の一曲にも出会います。
その曲とは・・・

『高校生のラジオからベット・ミドラー「ローズ」が流れてきて、なんて素敵なメロディと声。この曲は、決して今、芽が出ていなくても、たくさんの太陽の光を浴びて、雨が降って、いつかしら花を咲かせるでしょう。という歌なんですけど、今の私だわって思ったんです。いつの日かこの曲をカバーしてコンサートで歌いたい、レコードにしたいと思った曲がローズでしたね。私の人生の節目節目にこの曲に出会うタイミングがあって、不思議な縁だと思っています』

そして、バラは1つの形になります。

『20年目のスタジアムライブを終えた翌年に、まだ名前のない新種のバラがあるんですけど、良かったら名前をつけてくれませんか?と言われて、それがフランスのバラだったので「シャンテ・ロゼ・ミサト」、日本語だと「ばら色の歌の美里」という名前をつけさせてもらった。今ではたくさんのシャンテ・ロゼが咲いているはず。あの高校生のときに聴いたローズが自分の名前をつけられるようになったんだと』

ローズという曲のように「がんばっていれば誰かが見つけてくれる」。
その思いから渡辺美里さんはアイドルオーディションの
第3回ミス・セブンティーンコンテストにエントリーします。

『SONYもオーディションに参加していたので音楽の人が聴いていてくれる!と思ってエントリーしました。最優秀歌唱賞を頂いたんですけど、今日は特別に歌唱賞を設けました。と発表されたときに、「私が獲る」と思っていました。高校生だったから何も怖いものがなかったんですね。当時、10代で自分なりに歌を磨いてきた自信がありました。その思いが届いたんですね』

努力を見つけてくれた。

こして渡辺美里さんはプロのシンガーの道を歩んで行ったのでした。

素敵なお話を聞かせてくださった渡辺美里さんは8月7日に20枚目のオリジナルアルバム「ID」をリリースされます。ぜひ、チェックしてくださいね。
  • この記事をツイートする
Page Top
|| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 ||