NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest櫻井淳子さん

櫻井淳子さん

1991年18歳で女優デビュー。「ショムニ」「おみやさん」など数々の人気ドラマに出演。1993年連続ドラマ初主演の『誘惑の夏』で第31回ゴールデン・アロー賞放送新人賞・最優秀新人賞。2006年主演ドラマ『美しい罠』で東海テレビスポーツ芸能選奨。主演リモートドラマ『ママたちのリモート会議殺人事件』テレビ&ビデオエンターテインメントABEMAにて年内配信。

くじけそうになった時は笑顔で

2020/11/07
櫻井淳子は30歳で結婚。
結婚5年目でで娘を出産した。
彼女に人生において大きな分岐点となり、
女優という仕事の向き合い方も変わったという。

「2時間ドラマだったりすると犯人役だったりとか、ちょっとそれを匂わせるのに役が多かったんですけれども、本当に娘が大事でしたので、もしその物心ついた時にお前のお母さん犯人だねっていう風に言われるのが物凄く抵抗があったので、役柄に関しては慎重になりました」

「ショムニ」「おみやさん」という人気ドラマへの出演、
そして出産を経た櫻井櫻井淳子。
これからの10年のビジョンとは?

「女優としては樹木希林さんみたいに、その作り上げたものではなくてその希林さんから出るその役柄、人情あふれる役柄的なものが素敵だなと思っていたので、少しでも味のある役者としてやっていけたらなと思っています」

そして、リスナーへのエールも。

「。私もくじけそうになるときとかよくあるんですけど、とにかく笑顔でいたらいいことあるかなと思っているので、常に素敵な笑顔でいられるように過ごしてください」
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近くにいる人からの気づき

2020/10/31
昼ドラの過酷な現場を乗り切り、
女優としての達成感を得た櫻井淳子。
その後、いつつもの作品に出演し、人気も獲得。
そして、運命の作品に出会うことになる。

「阿吽の呼吸って言うか…ショムニは、みんな息が合った中での対決だったりとか、協力し合って運動会したりとかっていうの現場だったので、ホント笑いが絶えない現場でした。、家族よりもずっと長い時間一緒に過ごした仲間達っていう感じなので、親戚みたいなもんですよね」

櫻井が演じたのは情報通の魔性OL。
実際の彼女とは、真逆の役柄だった。

「役を頂いた時に、この役を私がやるんですか?っていう感じだったんですけども、どうしよ?どうしたら魔性に見えるか鏡を見ながら表情の練習をしようとポーズを考えたりとか、苦労はしたんですけれども、助けられたっていう現場でした」

ドラマ「ショムニ」で、楽しい仲間との撮影現場を過ごした。
同じ時期、もう1つ大切な作品に出合う
それが、ドラマ「おみやさん」。

「七尾洋子役で、刑事ではないんです警察官だったんですけども、お宮入りした事件を扱う部署に行ったっていう役柄だったんですが、比較的おきゃんな感じで元気一杯で私に似たような、元々の持っている素の櫻井淳子にどちらかという近い役柄だったたんですね」

「おみやさん」は、櫻井に現実を教えてくれた勉強の場でもあった。

「入った当初は。ちょっとショムニがあったので人気も少しずつ出てきてるし、ちょっと自分の中で有頂天になってたところもあったんだなーって今振り返ると思うんですけれども、まあそんな中で渡瀬恒彦さんと毎日ご一緒することによって段々と自分で小さいなって思うようになってきたんですよね」

「本当に東京の現場って役者さんに対してすごく大事に扱ってくるんですけれども、京都の現場ってもちろん役そのことを大事にするんですけど作品が大事なんです。なのでみんなプロで職人さんで照明さんは照明さん。録音技師は録音技師で、それぞれの仕事やって中で役者としての仕事をしなくちゃいけないのに東京で甘んじてる自分がいたんです。カメラの位置がここにあるからどう動いたらいいんだろう?どうやったら見せたらいいんだろう?っていうのを渡瀬さんはどんどんどんどん自分でアイディア出して、作品への愛っていうのすごく感じたんですね」

20代、30代っていうのはどんな時代だったのか?

「とにかく駆け足で進んでいったんですけども、実りある年って言うんですかね?自分のものも改めてこれが大事、これが必要っていうことを改めて考えさせられた実りのある20代30代だったのかなと思ってます」
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やりきったことで覚えた達成感

2020/10/24
女優・櫻井淳子。
もともとは引っ込み思案の人見知り、おとなしい女の子だったという。

「お恥ずかしながら中学校の時は帰宅部だったんですね運動に夢中とかっていう風に言ってみたかったなと思うんですけど、で高校では軽音楽部に入りましてプリンセスプリンセスのコピーバンドお友達とやってましたね。楽器はベースでした」

そんな彼女の人生分岐点は軽音部の衣装を買いに行った「原宿」であった。

「文化祭に着るための衣装を買いに原宿の竹下通りに入ったんです。お友達と衣装を探してる時に、声をかけられてスカウトされたのがきっかけだったんですけれどもそれまで芸能界っていうことに関しては全く考えていなくって。引っ込み思案だったんで人前に出るのも嫌だタイプだったので・・・」

引っ込み思案の櫻井淳子。
彼女の気持ちを動かしたのは
現場の熱気であった。

「高校生の夏休みのバイトとして、先輩の現場に着いてみないということを言われたんですね。バイトだったらっていうことで、いろんな現場を見させてもらって、興味が出てきてなんか面白そうだな芸能界って華やかだけれどもでもその裏にはみんなのこの努力があってチームワークが。一致団結結してて私もこの世界になんとなく入っていきたいなあなんて気持ちが出てきたんですね」

ここで彼女は石橋をたたく。

「商業高校に通っていまして簿記の時間が得意だたんですよ。珠算の時間と簿記の時間が大好きで数字が並んだ表を見ていてぴったり合わせることが好きだったんです。事務所の社長は芽が出なかったら経理として雇ってあげるからと、一筆書いていただいてそれであの芸能界に就職したっていう形なんです」

芽が出なかったら…その心配は杞憂に終わった。
高校を卒業した年にドラマ『葡萄が目にしみる』でデビュー。
初めての演技で監督に怒られ、教えられ、一生懸命頑張ってやりきったことで、大きな達成感を覚えた。その後、グラビア雑誌などで活動し、やがて連続ドラマのチャンスを手にする。

初主演の連続ドラマは、1993年に放送された昼のテレビドラマ『誘惑の夏』。
演出を務めた1人は、のちに映画でメガホンをとる花堂純次監督であった。

「一週間月曜日から金曜日まで30分のドラマを一週間から10日で撮るので1時間。ドラマを詰めて詰めて撮影するような現場だったのでセリフの量も多いですし、慌ただしくとっていたのでそれは何かちょっと追い詰められたところもありました。でも夢中で演じることや達成感を教えてもらいました」

18歳で芸能界デビュー、2年後にはでゴールデン・アロー賞最優秀新人賞を獲得。

そこには、櫻井が「いいな」と思っていた
みんなでやり遂げるというチームワークがあったのだ。
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