NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest伊藤蘭さん

伊藤蘭さん

1973年、田中好子、藤村美樹と共にキャンディーズを結成しデビュー。78年の解散後は、女優業をメインに活動。映画『ヒポクラテスたち』や、映画『少年H』、NHK連続テレビ小説『こころ』、ドラマ『風のガーデン』などに出演。2019年5月 歌手としてソロデビュー。

明日はもっといい日

2023/10/28
伊藤蘭は2019年に41年ぶりの音楽活動を再開した。
そのきっかけとは?

「俳優業をやりながらも時々、歌どうお?っていう話はあったんですけれども。まだそういう気分になれなくて。ただ、その4年前に話をもう1回振っていただいた時に、もう、ここでやらなかったら最後のチャンスだなっていうことで。じゃあ、思い切ってやってみようかなーっていう」

キャンディーズではなく一人での音楽活動。

「キャンディーズの歌もいわゆる再現というか感じで、3人で歌ってたことを一人でやらなければいけないっていうことで、今の自分で表現できればいいかなって。当時の歌を思っていたんですけれども。やはり、皆さんが喜んでくださる表情を見ていたら、ある程度しっかり振りも見ていただいて楽しんでいただける方がいいなと思って自分でも振り返りですよね。なんかもう色々」

今年、デビュー50周年イヤーを迎えた。
これからについてはどう考えているのか?
これからやってみたいこととは。

「やってみたいことですか?そうですね。今はそうもうとにかく健やかに、毎日が過ごせてやりたい歌が歌えて、お芝居ができてっていうことに感謝しながらやっていくしかないですね。新しいことなんか来た時に、やりやりますっていう風に前向きなことを答えられるコンディションでいたいということだけですかね」

伊藤蘭からリスナーに向けられたエール。

「大変なこともね。日々起こってきますし、いいことばかりじゃないと思いますけれども。でも、やっぱり、何だろう?希望というか、胸に希望を抱く っていうことだけじゃないですかね?明日は絶対今よりももっと良くなるっていうその信じる希望を持つ気持ちを忘れないってことだと思います」
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経験という宝物

2023/10/21
1978年、昭和53年4月4日。
後楽園球場に5万5千人を集め開催されたお別れコンサート。
キャンディーズは4年半の活動に終止符を打った
伊藤蘭は当時のことを鮮明に覚えている。

「当時はあの広いところでのコンサートっていうのはそんなにやっている方も少ない時代だったので、大道具が手動だったり、あとレーザー光線が出始めの頃で、本当にこう地味な感じのレーザー光線だったり、そのかわりスタッフ共々熱意がすごくて、1つのことに向かう熱情みたいなのが溢れてた時代でしたし、観客の方々の熱さも本当に素晴らしいもので。ステージから見たこの光景は絶対忘れない様にしようって言う風に胸に刻んだ思いがありますね。紙テープがとにかくすごくて。今はもうね禁止になってしまいましたけれども、ある曲になるとその一斉に飛ぶんですよね。その情景を思い出したりしますね」

終演後は

「当日は3人でホテルに泊めていただいて。そこでラジオ番組に少しだけ出演したのかな?終わってホテルに戻っても、自分たちのコンサートを聞いてました。3人で。翌日、ホテルの前で、じゃあねって別れたのを覚えています。なんか、複雑な気持ちだったと思いますね。もう二度と3人で歌うことはないんだなと思って、でも、先日美樹さんに3人でその自分たちの曲を私の部屋で歌ったんです。アカペラでって言われて。そうだった、そういえばそうだったねっていう風に思い出しましたね。しかも立って、本当に自分たちだけ楽しむための歌を歌ったんですよね」

伊藤蘭にとってキャンディーズの4年半とは?

「今振り返ると今大事なことっていうか、今必要とするようなことをその当時に経験し、体験し、学んだことが今でも糧になっていると思うことが多いので、やはり、宝物って言う感じです」

キャンディーズ解散後、
伊藤蘭は学生時代に夢見ていた演技の世界に挑む。

「新しく俳優としてスタートするという時に、事務所を作ったので。新しい世界に入るような意識でしたね。戻るというよりも」

人生の分岐点の1つに挙げた作品が
「男はつらいよ 寅次郎かもめ歌」

「テレビドラマがデビューだったんですけれども。映画はしばらくして決まって、本当にこの国民的な映画だったので。私が決まったという話を聞いても信じられなくて。いつやっぱり間違いでしたとかね。連絡が来るんじゃないかと、やっぱり、なくなりました。みたいにじゃないかなぐらいな感じで思ってたんですけれどもね。本当にできましたし。役柄もまた北海道の少女の役だったので。割とどちらかというと素朴な感じのキャラクターだったので。逆に私には新鮮に感じましたね」

巨匠・山田洋次監督との思い出は?

「優しくしていただいた記憶しかないんですけれども。あの監督がそうですね。焼き芋がお好きだったみたいで。当時、ものすごいライトの熱量で、ライトで焼き芋ができるんですよね。焼き芋食べない?って言ってくださったことを思い出したりしますね。あと、倍賞さんが優しくしてくださったりとか、想い出があります」

数々の作品に出演する中、俳優水谷豊と結婚。
2013年に公開された映画 「少年H」で夫婦共演を果たす。

「結婚してからはずっと仕事を一緒にするってことがなかったので、できるのかしらと思ったんですけれども。意外にやっぱり落ち着いてできるというか。もっと、そわそわしてなんかできなくなっちゃうんじゃないかと思ったら、逆に良かったっていう感じが、覚えてますけどもね」

家で他の役を演じる時に相談したりしているのか?

「役柄に関してはないですね。でもただ、あんまりこう私が部屋で、あの声に出してセリフをめったにやらないんですけれども、やらなければならない状況に陥って練習してたりすると“なんか言った”って入ってくるです。“あんまり、自然だからわかんなかった”っていって。お互いの生活に邪魔にならないように練習したりはしてますけれどもね」
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年下の男の子

2023/10/14
スクールメイツのメンバーで結成されたキャンディーズ。
そのデビューは1973年。
メンバーは、伊藤蘭、田中好子、藤村美樹。
デビュー曲は「あなたに夢中」だった。

「ハモリもしっかり作られた曲でしたし。一人一人の私のソロから始まるんですよね。ワンセンテンス歌って追っかけが入ってきて、ハモって膨らんでいくっていうっていう作り方だったんで、すごく可愛くもあったんですけれども。ハモリが多くて、楽しい楽曲でしたね」

伊藤蘭はキャンディーズのデビュー後、活動をしながらも大学に進学する。

「どうしようかなと思ったんですけれども、やはり学生という、キャンパスライフを過ごしたいなっていうことで、一応両方やるっていうことで選びました」

進学したのは日本大学芸術学部の演劇学科の演出コース。

「演劇にはずっと繋がっていたいっていう思いもあったと思います。1、2生の内は一生懸命、江古田まで通ってましたけど、そのうちキャンディーズの方が忙しくなってしまったので通いきれずに一応3年まで在学した時に、先生にあのちょっと来てって言われて。あなたはもういいんじゃないですかって。実戦として活動しているわけだから。そこで学ぶことも多いでんだろうし。学校で学ぶというよりも、そちらの道に専念した方がいいじゃないですかということで、泣く泣く」

キャンディーズのデビューから2年後にリリースされた
大ヒット曲「年下の男の子」が伊藤蘭にとっての分岐点になったという。

「曲調も今までの感じとは少しというかだいぶ変わりましたし。えっとソロパートも多い曲だったので、あの緊張はしましたね。ヒットしたと言いましてもファンの方々はついてくださって、応援してくださってたので。そんなに特別な感じが無かったですけども、仕事量としてはすごく増えたと思います」

そして、「年下の男の子」で第26回 NHK紅白歌合戦に赤組の歌手として初出場した。

「いつかはって思っていたと思うんですけど、本当に当時は紅白に出ないと一人前の歌手じゃないよっていう空気がもう満ち溢れていたし。実際、言葉でも言われていたし、はい。夢が叶った曲でもありますよね。周りを見ても当時の歌謡界の中は誰もが知っているヒット曲を持ってる歌手がたくさんいた時代で昭和の本当に輝いている時代、キラキラしている時代だったのでその最中に末席に入れたということは、今、思うとすごく幸せなことだなと思いますね」

ヒット曲を立て続けに発売、しかし、1977年の夏。
日比谷野外音楽堂で突然の解散を発表。

「スタッフの方にとりあえず3年はやってみようねって言われて私たちもそんな感じでいたんですけれども。まあだんだんこうえっと仕事が忙しくなってきた中で、だんだんとあのこのままでいいのかしらっていう気持ちが多分芽生えていたんだと思いますね。ヒット曲が生まれて嬉しかったと同時に、そのやはりグループですから、その各々の人間関係とかそういう育んでいけない状況っていうのがたぶんそこに疑問を持ち始めたじゃないかなと思いますね。そのそれぞれが思っている、そんなことが3人とも合致したので、いい時期に解散っていう風にしたいっていう気持ちはそれぞれ3人の中で確認しあったんだと思います」

そして、キャンディーズは伝説となった解散コンサートを迎えるのであった。
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キャンディーズ結成

2023/10/07
デビュー50周年を迎えた伊藤蘭。
キャンディーズとしての活躍は周知のこと。
幼少期から歌うことは好きだったのか?

「えー歌に関しては、そうですね。あまり意識はなかったですね。歌ったり踊ったりが好きというよりも、ただこう、あの庭で遊ぶ。普段口数が少ない方なんですけども、元気で活発な動きたい人でしたね。ただ、学芸会でも役を振りあって得られても、なんかも恥ずかしくて、恥ずかしくて、しょうがなくて。下を向いて口を開いたままなんか、登場してたっていう思いがあるんですけどね。舞台に」

その伊藤蘭が「変わろう」と決心し、中学から演劇部へ。

「中学になったぐらいの時に、このままじゃ、なんかさえないなって自分で思って、自分で変わろうとなったんですよね。それで積極的にいろんなことをやってみようって思うようになって。部活動も演劇部を選んで、自分の変革期みたいな感じを迎えました」

1年生かがら部長をされることに。

「1年の終わりにも先輩方がほとんど卒業してしまって。2年生も少なかったのかな?なんか、ならざるを得ないような状況になって、見様見真似で部長みたいなこともやりましたね。図書館から戯曲を選んで。若草物語とか、そのやりたいものを選んで、役を決めて、あとみんなで衣装を作ったり、ガリ版。当時はガリ版だったんですよ。刷り物ですよね。自分たちで、こう書いて、印刷するっていう、台本を」

演劇部での経験は大きな財産になった。

「勇気をもらったというか、役を頂くっていうことも含めて。はじめて自分でやりたいですって意思表示ができたのが、やっぱり演劇部だったので。立候補っていうことで、手を挙げられた初めての経験って言うんですかね。本当にあの時から変わったのかなっていう瞬間がありました」

そして、その演劇部の仲間の一言で人生が変わった

「友達がある時あのスクールメイツはどうやってみないみたいな、今テレビのあの番組に出てるあの人たちって、やりたい、やりたいということで、ちょっと演劇とはちょっと離れたそこから歌の世界に入ったって感じですね。課外授業というかクラブ活動の延長みたいな感じで、あのレッスンができたので。歌と踊り と、そしてたまに歌手のバッグで踊ったりという仕事もできましたし、そうですね。楽しい時代でした」

そして、運命の出会いが待っていた

「そのスクールメイツのメンバー50人ぐらいで、NHKの歌番組のためのマスコットを決めなきゃならないっていう、そのオーディションを全体で受けて。その中から3人がピックアップして選ばれて、その歌番組に歌謡グランドショーっていう番組なんですけども」

選ばれたのは伊藤蘭、田中好子、藤村美樹。
キャンディーズの結成である。
二人と最初に会った時の印象とは?

「東京音楽学院のスクールメイツ時代にあの顔を合わせたんですけど、ミキちゃんが1年後輩で遅れて入ってきたんですけど。スーさんも目立って可愛い女の子で、2人ともそういう意味では、注目されている人材でした」

この3人が選ばれたときの気持ちとは?

「もちろん、嬉しかったですけれども。当時、みんな高校生だったので学業とのやりくりはどうしていこうみたいな話になって。学校の先生にもちゃんと報告しなくちゃみたいな、そういうところから、ローテーションを組んで番組に参加しましたね。あの1人は全部、全教科出席して、2人は午前中で早退して早めに会場に入るっていう。そういう、ローテーションで回していました」

NHKの歌謡グランドショーで実際に歌を歌ったり、アシスタントとして活躍した。

「そうですね。あとは、忙しい歌手の方が。あのカメリハにカメラリハーサルに入って来られない時は、私たちがあの代わりに歌ってって言われるんですよね。それがもう嫌で、嫌で。本当に今ここにいると捕まっちゃうから、客席の方に逃げてよとか。そうですね。あとは、メイクさんにちゃんとメイクしたのドーラン塗ったのって言われて、口紅もちゃんと塗らなきゃダメよって言われて、私たち濃い化粧であんまり、まだね学生でしたし。それも嫌で、捕まらない様に逃げてました」

こうしてキャンディーズが世の中に知られ、
人気を獲得して行くのであった。
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