今月ご乗船いただいているのは、コラムニストの中村孝則さんです。
その日本人離れした佇まいや、ファッションセンスはテレビなどでもおなじみです。
ファッションや旅、そしてお酒やシガーなどの嗜好品にも広い知識をお持ちの方です。
お仕事で海外を飛び回っていらっしゃる中村孝則さんですが、クルーズの旅の経験も豊富です。
中村さんに、ラグジュアリーな旅のお話をうかがっていきます。

中村「いわゆる豪華客船というものに初めて乗ったのが2002年、それも取材で乗ってみないかと言われたんです。黒海一周で10日間くらいでした」
干場「それまでに抱いていた船旅のイメージと、実際に船旅をしてみてどうでしたか?」
中村「揺れるんじゃないかとか、暇なんじゃないかとか、クルーズに先入観があったんですよ。色んな事を思っていたけど、まったく逆でしたね」
干場「クルーズの魅力はどんなところにありますか?」
中村「一言で言うと、地球の見方が逆転するところですね。要するに海視線になるんです。そうすると、地球の色んな出来事が逆に見る事が出来るんですよ。飛行機は、空を飛んで都市と都市を結んでいきますよね。船旅は船で移動するので、地図を見る時に港、海からの景色で見ていくんです。地球を見る時に、海の形を見ていくようになるんですよ。黒海クルーズをした時に、イスタンブールからボスポラス海峡に行って、ブルガリア、ルーマニア、ウクライナ、クリミア半島に行って、一周したんです」

中村「黒海は7ヶ国あるんですけど、船じゃないと行けない所って沢山あるんですよ。それは船旅ならではの魅力だと思います。海から見る地球の地図が変わってくるというんですかね、クルーズをしていると色々な事が繋がって来たりしますね」
干場「船旅では、どんな風に過ごされているんですか?」
中村「僕は船の中だけで過ごす時間を、必ず何日かとるようにしているんです。僕が好きな場所は、シガーバーです。ちょっとした船だったら、シガーを吸う場所を設けているんですよ。シガーっていうのは1本30分~2時間くらいかけて吸うものがあります。時間があったら吸おうじゃなくて、考え方として、そのために時間を作ろうというものなんですよ」

中村「それって船旅のモチベーションにもなりますよね。そこは、また同じ様な人達が集まってくるんですよ。「君、同類の人だね」となって(笑)、シガーを交換したり。そういうのも、また楽しいですよね。他にもバーに行ったり、ライブラリーに行ったり、そうやってゆっくり過ごすのが、僕はわりと気に入った過ごし方ですね」
干場「最後に「旅」とは、中村孝則さんの人生において、どんなインスピレーションを与えてくれるものでしょうか?」


「クルーズ船はいつ頃出来て、日本にやってきたのでしょうか?」
保木「クルーズは飛行機がポピュラーじゃなかった時代の移動の手段でした。
1970年代からカリブ海を中心に、周遊、滞在型のクルーズ船が出来て、カーニバルクルーズのもとがそこから始まったんです。
当時、カリブ海は色々な島が色々な国の植民地でした。そのあたりから、クルーズ船は移動のために発達したんですね。
1980年から、カジノ目的のクルーズ船がポピュラーになっていき、日本に来たのは1990年代ですね。
クルーズって、日本の方にはまだまだ馴染がないですよね。
昔、日本には日本郵船や商船三井とか、小さな客船はありましたけど、
どんどん大型化して、アジアのマーケットも広がっています。
これからオリンピックに向けて、もっともっと大型船が日本にやってくると思います。
ホテルを作らなくても、客船をホテル代わりに使う会社も出て来ると思いますね」
クルーズ情報
「クルーズ船はいつ頃出来て、日本にやってきたのでしょうか?」
保木「クルーズは飛行機がポピュラーじゃなかった時代の移動の手段でした。
1970年代からカリブ海を中心に、周遊、滞在型のクルーズ船が出来て、カーニバルクルーズのもとがそこから始まったんです。
当時、カリブ海は色々な島が色々な国の植民地でした。そのあたりから、クルーズ船は移動のために発達したんですね。
1980年から、カジノ目的のクルーズ船がポピュラーになっていき、日本に来たのは1990年代ですね。
クルーズって、日本の方にはまだまだ馴染がないですよね。
昔、日本には日本郵船や商船三井とか、小さな客船はありましたけど、
どんどん大型化して、アジアのマーケットも広がっています。
これからオリンピックに向けて、もっともっと大型船が日本にやってくると思います。
ホテルを作らなくても、客船をホテル代わりに使う会社も出て来ると思いますね」