2013年12月30日

12月30日 サントリーの被災地支援 石巻「子どもセンター」(2)

今朝は、『東北サンさんプロジェクト』をはじめ、被災地支援に取り組む、サントリーの活動のレポートです。

漁業の復興支援、未来を担う子どもたちの支援、文化スポーツを通じた支援を柱にした、サントリーの様々な活動を紹介してきましたが、きょうは、先週の月曜日に引き続き、「未來を担う子どもたちの支援」をピックアップします。



宮城県石巻市の市街地に今月完成した「こどもセンター」。
スポーツが出来るスペース、読書スペース、2階部分は吹き抜けになっていて、螺旋状の階段もあって…観ているだけでワクワクする建物ですよね。この施設は、石巻の小中高生による「子どもまちづくりクラブ」が出しあった町の復興アイデアを元に作られました。サントリーは、建築費およそ3億円を支援しています。

完成直後に行われたセレモニーでは、子どもたちが自ら来場者のガイドも努め、子どもまちづくりクラブのメンバーも、自分たちの思い描いた施設の完成を本当に喜んでいました。子どもまちづくりクラブメンバー 宮本愛与(まなよ)さん(中3) 松岡優雅(ゆうが)くん(中2)の2人の声です。



◆もっと石巻を知ってほしい!
・宮本さん「震災で石巻が暗くなったけど、その石巻を元に戻したいなというのは思っていました。でも子どもの意見はあんまり聞いてもらえないじゃないですか。ここだと言ったことが実現できるし、仮設とかで公園がなくなってしまって体を動かす場所が限られてしまったんですけど、子どもセンターを作ることになって体を動かす場所が欲しいということでスポーツ室を作ることができて嬉しい。」

・松岡くん「自分も仮設とかになるとあまり周りのことを考えてゆっくりできないので、ゆったり広場を作りたいという意見が形になって広場ができたのは嬉しかったですね。」

・宮本さん「石巻には川開き祭りがある。ここを開放して屋上から花火を見たりとか、ここができたことで石巻も明るくなると思うんですが、これだけではなく、これからも他県から子どもセンターを利用する人が増えて、石巻を理解して欲しい、石巻はこういうところなんだよということをわかってもらいたいですね。」


ここまで、子どもまちづくりクラブを見守ってきた、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの津田知子さんは、この経験が、子どもたちを大きく成長させたと感じています。


◆「町のために何かがしたい」 〜子どもたちの変化
子どもたちには「なにかがしたい」という気持ちがあって、そこにちょっと寄り添ってあげるだけで、どんどん主体的に動いてくのがすごいなと感じている。昔はモジモジして人の前では話せず、子どもたち同士でも自分の意見をいうのに周りの空気を呼んで考えていたんですけど、町のためならということで、どんどん自分たちで外へ飛び出して意見を聞こうという風になってきたところが、変化かと思う。この活動を通して、子どもセンターの企画デザインをしていく中で、将来建築士になりたいというメンバーがいたり、社会福祉の方にいきたい、市役所の職員になって支えたいなど、自分の10年後がだんだん見えてきているというのもひとつの成果なのかなと思う。




子どもセンターは今後、石巻市の施設として運営されることになります。子どもまちづくりクラブは、今後、子どもセンターの石巻市職員とともに、まちづくりの活動を続ける予定。
また来年1月19日(日)には、オープニングパーティーが開かれます。子どもたちによる発表や出し物が行われ、市内市外、大人子供関係なく、 どなたでも参加できるということです。

サントリーの被災地支援の取組みについてはこちらをご覧ください。


2013年12月27日

12月27日 福島富岡町「おだがいさまFM」(2)

今回LOVE&HOPEのスタッフは、富岡町の臨時災害FM「おだがいさまFM」の取材に同行して、富岡町の居住制限区域に入りました。

冨岡の「除夜の鐘」を録音して、大みそかに放送しよう!というプロジェクトです。

取材に訪れたときの、富岡町の空間線量は、だいたい3〜20マイクロシーベルト。高いところでは、45マイクロシーベルトを記録しました。東京都内の空間線量0.04マイクロシーベルトに比較すると、やはり線量はかなり高いと言わざるをえない状況です。

そんな富岡町を今回案内してくれたのは、富岡町の社会福祉協議会、主幹兼事務課係長の吉田恵子さん。生まれも育ちも富岡の吉田さんは、「おだがいさまFM」の立ち上げにも奔走した人物です。吉田さんは現在、家族とともに、いわき市に住んでいます。人影のない富岡の町を車で走りながら、その想いを語ってくれました。

◆花好きの父が「花なんて見たくない」と言った
うちの父親が草木を育てるのが好きで、商売をやっていたので、店先に飾っていた。お店に来てくれたお客さんと「この花なんていうんですか、きれいですね」というところから会話が始まって、いろんな話ができるようになったりしていた。いろんな草花を育てるのが好きだったのに、震災後なんかの話から「もう花なんて見たくない」と父がいった。朝起きれば花のところにいって、夜寝る前に花を見て、という人だったのに、どういうこと?と思ったら、「花を育てられる環境じゃないことに気が付いたから、自分でもう考えるのをよそう」と思ったんだろうと。その時に、そんな寂しい想いをさせながら、残りの人生を送らせていいのかなと考えてしまって。本人にどうする?って聞いたら「もう富岡には帰らないよ」と言ったので、わたしはいわきに家を買った。放射能はあります、でも誰も帰ってきません、じゃそこで住みますか?と言われても、住みたくないよね。例えば、庭で畑でもやってとか、釣りにでもいってとか、そういう普通の生活はできないでしょう。


アンケートによると、町に帰りたいと答えた人は町民の12%。還らないが46%。残りはまだ迷っている、という回答でした。町民一人一人が、選択と決断を迫られている、というのが現実です。

スタッフが取材で訪れた富岡町は、人影もなく、田んぼや畑、駅や神社にも、草木が生い茂って、荒涼とした風景が広がっていました。

吉田さんは、原発事故の教訓として、この風景を遺しておくべきなのでは?とも考えています。

◆原発事故が残した風景
逆に、今年は木が生えました、来年になったらこれくらい伸びてましたとか。なんかそのままにしておきたいというか。こうふうになったらこういう町になっちゃうんだよ、というのを遺しておきたい、とも思う。


今朝は、福島県富岡町、社会福祉協議会の吉田恵子さんのお話でした。
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パーソナリティ 鈴村健一

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