NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

今、仕事も家庭も自分磨きにアクティブな生き様を実践する女性達。そんな女性達がいつまでも輝く心と勇気を失わず、体も心も健康な毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを送るのが、このノエビア カラーオブライフ。「生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと」をテーマにした、トークや音楽、話題、情報などが満載です。

TOKYO FM

NOEVIR Color of Life

EVERY SAT / 09:00-09:30

唐橋ユミ

今、仕事も家庭も自分らしく、いきいきと生きる女性たち。いつまでも輝く心を失わず、心も体も充実した毎日を送るため、各界を代表して活躍する女性ゲストが自らの言葉でメッセージを伝えます。“生きること、輝くこと、そして人生を楽しむこと”をテーマにした、トークと音楽が満載のプログラムです。

Guest土岐麻子さん

土岐麻子さん

1997年にCymbalsのリードシンガーとしてデビュー。2004年の解散後、父の土岐英史氏を共同プロデュースに迎えたジャズ・カバー・アルバムでソロ活動をスタート。50社以上のCM音楽の歌唱やナレーション、テレビ、ラジオ番組のナビゲーターも務める、“声のスペシャリスト”。最新アルバム『PASSION BLUE』をリリースしている。

大切なのは心を動かすこと

2020/02/15
土岐麻子さん。
彼女は今が、人生の分岐点だと言います。

唐橋さん:現在40代ですね土岐さん。大きな分岐点って言うと何ですか?

「40になったっていうのは結構大きなことだったかもしれないですね。下の世代のことをすごく考えるようになりましたね。例えば、同じ音楽をやる後輩などをすごく意識するようになりました。自分が我慢すればいいやと思ったけど自分が我慢したら、後の人たちも我慢しなきゃいけないかもしれなかった、後の子達が大変な思いするかもしれないっていうことを、そういう考え方にシフトしましたね」。

その客観的な視点は、日々の暮らしの中でも養われれているそうです。

「私、一人が経験出来る事って限られているじゃないですか?そんなにあちこちいろんな人と出会って、海外に行ってとかもできないので、なので、歌詞を書く上でどうしてもこう、似たような歌詞になっちゃったりしがちなんですね。だけど、友達と話をしていると、自分も経験したような気になると言うか、話を聞いて同じ感情を共有することによって自分の心も動くんです」

では、土岐麻子さんが、今後挑戦したいこととは?

「もうちょっと日本以外の国も見てみたいなっていうふうに、やっと皆さん結構学生の時留学したりとか、旅行に行ったりとかされたりすると思うんですけど、私はなく若い時には全く外国に興味がなくてですね。あのもったいなかったなと今になって思うんです」

日々、様々な感覚を養っている土岐麻子さん。
彼女が創作活動で大切にしていることとは?

「本当に感じることだと思うんですよね。忙しくっても、心がちゃんとこういろんなことを感じていたら、なんかこう作品はいくらでも、歌詞はいくらでも出てきたりするんですけど。逆にお休みが続いて、何もこうしないで、何にもこう心動かさないでいると全く歌詞が書けないとかっていうことがあるので、なんかこう、なんでもいいからその誰かと会ったりとか、何かを見たり、聞いたり、触れたりして、何かを感じることで、それでこの感じって何だろう今思ったこのキモチってなんだろうってて、掘り下げていくと言葉になっていくとか」

心を動かす。

あなたは
最近、心を動かしていますか?
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決断は自分の「好き」を信じて

2020/02/08
2004年にバンド「Cymbals」を開始し
ソロ活動を始動させた土岐麻子さん。

ソロ活動で気づいたこととは?

「3人でやっていたことを一人でやらなきゃいけないと思って、集まってくれたミュージシャンにも、私が事細かに行こう指示をしてお願いしていたんですが、思いもよらないマジックが起きないなって思ったので、なので、バンドみたいにある程度はそのミュージシャンに任せるとか、そのミュージシャンからもアイディアを貰って、あの表現してもらうとか、そのバンドメンバーとの関係性みたいな感じで曲を作るようになったらすごく楽しめるなりましたね」。

ソロ活動をスタートさせても、
モノづくりの精神はみんなで作って行く。
そう気づかされたのでした。

そのライフストーリーで
幾度かの決断をされてきた土岐さん。
成功への導く鍵とは?

「成功はしてるからかわからないんですが、でも失敗は今のところないと思っているんですね。自分が本当に好きな事をやろうっていう何か決断する時に、それ本当に好きなのかなとか、いやこれが本当に好きなんだっていう、そこの純粋に好きかどうかっていうところを、これをやらずにやりたいかどうかっていうことをあの基準にして選んでたからなのかなあと思いますね」


土岐麻子ライブ2020 SPRING SUMMER 264keys三鍵盤ツアー再び、
と題したツアーがスタートされます。
土岐さんの「好き」が詰まった8年ぶりのツアーです。
5月15日より全国6ヵ所8公演開催。
詳しくは、土岐麻子さんのオフィシャルホームページをご覧ください。
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決断の決め手は”自分にしかできないこと”

2020/02/01
大学生のころ、土岐麻子さんが1つ決断に迫られます。

メジャーデビューか?
就職か?

お笑い番組が大好きだったという土岐さん。
番組作りをしようと就職活動をしたのはテレビの制作会社。
そして、内定をもらいます。

同時に活動していたCymbalsも好調で、
メジャーデビューの声がかかります。

「全く同じタイミングだったので迷ったんですよすごく。ものすごく迷いましたし、いろんな人とも話をしたんですが、あの~私しかできないことっていう風にメンバーが言ってくれたんですね。ボーカルこのバンドのボーカルは私にしかできない。というふうに言ってくれて、その言葉でバンドに決めました」

自分にしかできない。

その言葉が決断のカギでした。

「メジャーデビューは思っていた以上にやっぱりハードで大変なことでしたね。やっぱ、音楽が好きで始めたのに、音楽が嫌いになってしまうんじゃないかと思う危うい瞬間もありました。私達だけでやってるわけじゃなくて事務所があったり、レーベルがあったりするので、その三者がそれぞれみんな納得する作品を作るっていうことに変わっていくわけですよね」

乗り切るための行動は徹底的な話し合い。

ここでも言葉の力が働きました。

こうして、メンバーと心を通わせて行ったのでした。
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生活の中の音楽から楽しい音楽へ。

2020/01/25
父親でありジャズサックス奏者の土岐英史さんがいつもソウルやジャズのレコードをかけていて、
子どものころは、音楽は「暮らしの中にあるもの」と感じていた。
その一方で、彼女の興味を抱かせたのはテレビという文化であった。

「あ!この音楽になって初めて自分で思ったのは小学校1年生ぐらいの時ですかねえあのテレビから流れてくる歌謡曲とか山下達郎さんの音楽とか吉田美奈子さんの音楽とかそういったものを聴いてドキドキしていました」

当たり前の中にある音楽が
土岐麻子の中で変化したのは中学の頃であった。

「中学の時にバンドブームがあったんですけれどもバンドブームで何か私もギターをやってみたんです。ギターをやるならバンドやりたいということでクラスメイトに声をかけてみんな楽器をやったことなかったんですけど,いちからやろうよっててすごい下手だったんですけど毎週楽しんでやってましたね」

そう。
学校と家以外の世界に初めて踏み出せたのがバンドだった。

高校卒業後は大学に進学。
好きだったバンドサークルがあった大学へと進んだ。
やがて結成されたのがバンドCymbals。

「バンドのサークルに入ってギターをやってたんですけれども、先輩にボーカルでバンドやらないか誘ってもらったんです。色んな声色だったりとか歌い方だったりってものがギターよりもやりやすかったと言うか実現させやすかたんです」

特徴的な歌声はこの時誕生したのであった。
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