MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今夜の番組タイトルは「ワルツが聴きたい」。そう、まるごとワルツの特集です。これというはっきりした理由はないのですが、何かのきっかけで突然ワルツのことが気になってきて、うちにあるワルツのレコードをあれこれ集めてみました。うーん、こうして探してみると、ワルツの曲って、けっこうあるものですね。これまでとくに意識したことはなかったのですが……。初夏の宵、流れるようなワルツのリズムにお付き合いください。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

ワルツといえばまず頭に浮かぶのが、ヨハン・シュトラウスを代表格とするウィンナ・ワルツですね。毎年、新年にたっぷりと聴かされます。小澤征爾さんに言わせると、「あのリズム、どういうわけかウィーンの人じゃないとちゃんと出せないんだよね」ということでした。「ワルツのリズムが、あいつらの血管に生まれつき流れてるんじゃねえかなぁ」と、まあそういう口調でおっしゃっておられました。

僕はウィーンというと、まずラム入りコーヒーを真っ先に思い出します。カフェミットルム。これ、寒い季節に飲むと身体がじんわり温まるんですよね。冬のウィーンでカフェに入って、こればっかり飲んでいました。ワルツとはあまり関係ない話ですけど。
Tennessee Waltz
Floyd Cramer
Last Date / On The Rebound
BMG Special Products
NO IMAGE
The Brand New Tennessee Waltz
Matthews' Southern Comfort
The Best Of Matthews' Southern Comfort
MCA Records
まずアメリカ製のワルツから行きましょう。なんといっても有名な「テネシー・ワルツ」。その昔パティ・ペイジの歌で大ヒットしました。ある夜、ダンス・パーティーでたまたま出会った親友に恋人を紹介して、その2人は「テネシー・ワルツ」にあわせて踊ります。そして恋人は、その親友とあっという間に恋に落ちてしまいます。気の毒ですね。親友と恋人を同時に失っちゃったわけですから。

今日はフロイド・クレーマーのピアノで聴いてください。ナッシュヴィルを本拠地にしていたカントリー音楽の人ですが、独特のピアノ・スタイルを持っていて、味わい深い演奏になっています。それからマシューズ・サザン・コンフォートが歌います。「ブランド・ニュー・テネシー・ワルツ(最新版テネシー・ワルツ)」。作曲したのはジェシー・ウィンチェスターです。マシューズ・サザン・コンフォート、英国のフォークロック歌手、イアン・マシューズが1969年に結成したバンドですね。「ウッドストック」を歌ってヒットさせました。2曲続けて聴いてください。
「Tennessee Waltz」そして「Brand New Tennessee Waltz」。
Beautiful Love
Helen Merrill
Helen Merrill With Strings
Emarcy
“ニューヨークのため息”と呼ばれたヘレン・メリルが、ハスキーな声でしっとりとワルツを歌います。うーん、素敵な歌いっぷりです。いいんですよね。僕はワルツというと、この「Beautiful Love」という曲が頭にすっと浮かびます。この曲、フォービートで歌うと、意外につまらないかもしれませんね。ツンチャッチャというリズムがメロディーを底上げするっていうか、ぎゅっと盛り上がります。そういうことってありますよね。「ワルツの魔術」とでも言えばいいのかな。
13 Jours En France
Francis Lai
The Essential Film Music Collection
Silva Screen
フランスもののワルツを聴いてください。フランシス・レイの作曲した「白い恋人たち」。
「白い恋人たち」、原題は「フランスの13日」です。1968年に、フランスのグルノーブルで開かれた冬季オリンピックの記録映画のテーマ曲になりました。ワルツのリズムと、スキーなんかのウィンター・スポーツの優美な動きが、すらりと馴染んでいて、印象的でした。映画はあまりよく思い出せないけど、音楽がしっかり頭に残っています。
そういえば「白い恋人」ってお菓子がありましたね。北海道限定のものだったんだけど、人気が出て、それで吉本興業が関西で「面白い恋人」というパロディーお菓子を発売して問題になりました。たしか裁判に持ち込まれて、和解が成立したように記憶しています。僕はまだどっちも食べたことないので、お菓子の感想は申し上げられませんが。
NO IMAGE
Waltz For Debby
Janice Lakers
Nica's Dream
SOLID RECORDS
ジャズでワルツと言えば、なんといってもビル・エヴァンズの「ワルツ・フォー・デビイ」がいちばん有名ですよね。優しく美しいメロディーを持った曲で、多くのミュージシャンが取り上げて演奏しています。元々は器楽曲だったんですが、のちに歌詞がつけられました。デビーというのは当時二歳だった、エヴァンズさんの姪の名前です。
ビル・エヴァンズ自身が演奏した、ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ録音がなんといっても絶品ですが、今日はジャニス・レイカーズの歌で聴いてください。レイカーズさんはずっとオランダで活動しているみたいで、たぶんオランダ人だと思いますが、資料は見当たりませんでした。マイナーなヨーロッパ盤なので、なかなか聴く機会のないレコードではないかと思います。歌もいいけど、バックのピアノ・トリオの演奏も聴きものです。
Lover
Max Roach
Jazz In 3/4 Time
EmArcy
ジャズ・ドラマーのマックス・ローチは、ワルツの演奏だけを集めたアルバムを出しています。タイトルもずばり「Jazz in 3/4 Time」。3/4 timeというのは四分の三拍子のことです。ジャズ奏者としては珍しい、意欲的な試みですね。四分の三拍子でスイングし続けるのは簡単じゃないから。しかしローチさんはさすが名手というか、安易にフォービートに逃げ込まず、四分の三拍子を最初から最後まで維持して、しかもタフに巧妙にスイングしています。
そのアルバムの中から、ロジャーズ&ハートの名曲「ラヴァー」を聴いてください。テナー・サックスはソニー・ロリンズ、トランペットはケニー・ドーハム、ピアノはビル・ウォレス、ベースはジョージ・モロウ。1956年の録音です。ドーハムとロリンズはもちろんいいですけど、ビル・ウォレスのピアノ・ソロがなかなか意欲的で面白いんです。それからエンディングのご機嫌なアンサンブルはロリンズのペンになるものです。うちにあるレコードは古いものなので、途中でちょっとプチプチが入るかもしれませんが、例によって聴こえなかったふりをしてください。
Minute Waltz
Chet Atkins
Chet Atkins In Three Dimensions
RCA Victor
カントリー畑のギタリスト、チェト・アトキンズ、少し前にこの番組でも特集をやりましたね。今夜のアトキンズさんは、ショパン作曲のお馴染みのワルツ「子犬のワルツ」をギターで演奏します。

「子犬のワルツ」、ショパンは当時の恋人だった小説家ジョルジュ・サンドに、彼女の飼っている子犬が、自分の尻尾をつかまえようとぐるぐる走り回る愛らしい仕草を曲にしてほしいと頼まれ、「ほい、きた」と即興ですらすらと作曲したと言われています。あくまで俗説ですので真偽のほどはわかりませんが。
編曲はアトキンズ自身がおこなっていますが、しかしよくまあ、こんな曲をエレクトリック・ギター用に作り替えようなんて思いつきますよね。見事なテクニックです。
Theme From The Last Waltz
The Band
The Last Waltz
Rhino Records
久しぶりにエンゲルベルト・フンパーディンクの「ラスト・ワルツ」を聴こうかと思ったんですが、この番組で前に一度かけたことがあるので、今夜はThe Bandが演奏する同名の曲をかけます。「Theme from the Last Waltz(ラスト・ワルツのテーマ)」です。
歌は入っていませんが、ロビー・ロバートソンのハープギター、レヴォン・ヘルムのマンドリン、そしてリチャード・マニュエルのドブロ・ギターがとても素敵な音を出しています。作曲したのはロビー・ロバートソン。緑深いカントリーサイドのワルツという感じですね。1976年11月のサンクスギビング・デイに行われた、The Bandのフェアウェル・コンサートでの実況録音です。
水色のワルツ
小野リサ
愛から愛へ~愛の讃歌~
Dreamusic
NO IMAGE
人の気も知らないで
Line Renaud
Chansons En Japonais
Angel Records
さて、日本語で歌われるワルツ曲を二曲聴いてください。小野リサさんが『水色のワルツ』を歌います。1950年に二葉あき子さんが歌ってヒットしました。1950年……、ずいぶん昔のことですね。でも曲調にどことなくシャンソンっぽい雰囲気が漂っていて、古くささみたいなものはそれほど感じられません。
それからフランス人のシャンソン歌手リーヌ・ルノーさんがチャーミングな日本語で歌う「人の気も知らないで」。フランス語の原題は「Tu Ne Sais Pas Aimer(あなたは愛することを知らない)」ですが、それを「人の気も知らないで」と訳しちゃう大胆さが、昭和的にファンキーですね。

えー、調子の良い浮気な男にはくれぐれも気をつけましょうね。そういう人、フランスにも日本にも、同じくらいけっこうたくさんいますから。
Kathy's Waltz
The Dave Brubeck Quartet
Time Out
Columbia
デイヴ・ブルーベック・カルテットの『キャシーズ・ワルツ』を聴いてください。ベストセラーになったアルバム「タイム・アウト」の中に入っていたとても美しい曲です。このアルバムには変拍子、つまり通常ではないリズムを用いた曲が集められているんですが、この『キャシーズ・ワルツ』もリズム的にはかなり凝った内容になっています。まず普通の四拍子で始まって、すぐに三拍子のワルツに変わり、それから三拍子と四拍子が微妙に組み合わさった展開になります。リズムセクションが基本ワルツで、ピアノがブロックコードでフォービート、みたいな感じですね。それから再び純粋なワルツに戻ります。

というわけでリズム的にはそうとう目まぐるしいんだけど、メロディーが素敵なので、違和感みたいなものはそんなにありません。
それでは変拍子のワルツを聴いてください。デイヴ・ブルーベック・カルテットの演奏する「キャシーズ・ワルツ」。キャシーというのはブルーベックの娘さんの名前です。

じつは昔、僕、この曲の楽譜を買ってきてピアノの練習したんだ。ブルーベック自身がこれをソロピアノ用に編曲して、楽譜を出してたんだよね。それを見つけて買って一所懸命に練習したんだけど、とうとうものにならなかったな……。
ワルツ特集いかがでしたか? 
今日のクロージング音楽はヨハン・シュトラウス二世の作曲した「美しく青きドナウ」です。ウィンナ・ワルツの極めつけとも言うべき名作ですね。演奏はフィラデルフィア管弦楽団、指揮はユージーン・オーマンディ。十代の始め、僕がクラシック音楽を聴き始めた頃、このレコードをよく聴きました。懐かしいです。

今日の言葉は上皇后、当時は皇后であった美智子さまが平成七年に詠まれた短歌です。その年の文化の日の歌会で、「道」というお題のもとに詠まれたものです
かの時に
我がとらざりし分去(わかさ)れの
片への道はいづこ行きけむ

「分去(わかさ)れ」というのは分岐点のことです。「片への道」は片方の道、「いづこ行きけむ」はどこに行ったのでしょう。ざっくり現代語訳をしますと、
あのとき分岐点で、私がとらなかったもう片方の道は、どんなところに行ったのでしょうね

ということになります。
誰の人生にもそういう分岐点は多かれ少なかれあると思うんですが、美智子様は皇后であられただけに、そこに含まれた意味あいはいっそう深いですね。これはあくまで僕の個人的な印象ですが、「もし私が皇室の籍に入ることなく、普通の人の人生を歩んでいたとしたら、いったいそれはどのような人生だったのでしょうね」という意味にとれなくもありません。

いずれにせよ率直な思いを託された、人間味あふれる御歌だと思います。「瀬音」という歌集に収められています。
かの時に
我がとらざりし分去(わかさ)れの
片への道はいづこ行きけむ

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

5月の風とワルツのリズムに包まれて、今月の村上RADIOも愉しい夜になりました。村上さんが持参した古いレコードのプチプチという音が心地よいですね。デイヴ・ブルーベック「キャシーズ・ワルツ」の紹介の中で、村上さんが、「じつは昔、僕、この曲の楽譜を買ってきてピアノの練習したんだ……」と収録中につぶやいています。微笑ましい光景が思い浮かんできます。「ツンチャッチャ」というリズムとともに、村上さんの最高の選曲で「ワルツの魔術」を楽しみましょう!(「村上RADIO」スタジオ・チーム)

村上RADIO オフィシャルSNS

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文藝春秋(2007年10月)文春文庫(2010年6月):音楽本ではないが、ランナーにも愛読者が多い。

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。