MURAKAMI RADIO
POST

こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今日は「掘り出し物ヴォーカル・ナイト」というタイトルでお送りします。よその番組ではまず取り上げられないであろう歌手やら、まずかからないであろう曲やらを、しっかり並べてみました。そしてもうひとつ大事なこと、少し前にも同じようなことをやりましたが、これらの音源はすべて、僕がここ最近、方々の中古レコード店のバーゲン棚、バーゲン箱から拾い上げてきたCDです。どれも100円か200円という、驚くほど安い値段でした。今夜は、僕が掘り出してきためっけもののヴォーカル音楽をたっぷりお楽しみください。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

春ですね。4月もそろそろ終わりに近づいています。新しい学校に進んだ、新しい仕事を始めたという方もいらっしゃると思います。そこには新しい出会いがあることでしょう。ちょっとわくわくしますよね。でも僕くらいの年になると、残念ながら身の周りで新しいことはなかなか起こりません。
でもバーゲン漁りで「まあ、この値段なら、ハズレでもいいから、試しに買って聴いてみようか」と普段なら手に取りそうにないCDやLPを買い込んで、うちに帰って聴いてみたら、「おお、これぜんぜん悪くないじゃないか。めっけものだ」というような発見があるとけっこう満たされた気持ちになります。それもひとつの新しい出会いですよね。
The Snake
Oscar Brown Jr.
Out Of The Cool 6 / Jazzin'
Drive
今日は「掘り出し物ヴォーカル・ナイト」というタイトルでお送りします。まずはオスカー・ブラウン・ジュニアの歌う「ザ・スネイク」を聴いてください。オスカー・ブラウン・ジュニアはソウルフルな黒人歌手であり、作曲家でもあり、劇作家でもあり、公民権運動の熱心な活動家でもありました。とてもパワフルで多才なひとだったんですね。
この曲は『Out Of The Cool』というイタリアで製作されたソウル・ジャズのコンピレーション盤に入っていました。素敵なノリです。ジョニー・リヴァーズのカヴァーもなかなかかっこよかったですけどね。

親切な女性が道ばたで凍えて死にかけていた蛇を助けてやり、それなのにその元気になった蛇に嚙まれて死んじゃう話です。「なぜ私を嚙むの? 命を助けてあげたのに」と女性は蛇に言います。「だって、おれ、蛇だもの」と蛇は言います。
I Put A Spell On You
Annie Lennox
Nostalgia
Blue Note
ユーリズミックスのヴォーカリスト、アニー・レノックスさんが2014年に出したアルバム『ノスタルジア』に収められた「I Put A Spell On You」を聴いてください。

このアルバムはタイトル通り、彼女が少女時代に聴いた古い歌を集めてカヴァーしたものです。「I Put A Spell On You」は1956年にスクリーミン・ジェイ・ホウキンズが作った曲で、ニーナ・シモンやCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル)のヴァージョンでもヒットしました。「I Put A Spell On You(私はあんたに呪文をかけたよ)」。そういうの、なんか、ちょっと怖いかもね。
The Whistleman
Thomas Quasthoff
Tell It Like It Is
Deutsche Grammophon
ドイツ人のオペラ歌手、トーマス・クヴァストホフさん。この人は1959年に生まれたんですが、母親が妊娠中にサリドマイドを服用していたために、重度の障害を負って生まれました。身長134センチで、手足も短い。でもクラシック音楽の歌手として花開き、オペラにも出演して、グラミー賞を三度獲得しています。この人はソウル・ミュージックが大好きで、ポピュラー音楽を集めたアルバムをドイツ・グラモフォンから出しています。ドイツ・グラモフォンがクラシック以外の音楽を出すというのはすごく珍しいことなのですが。
それではそのアルバム『Tell It Like It Is』から、クヴァストホフさんの自作の曲「ホイッスル・マン」を聴いてください。ソウルフルです。
Amapola
Andrea Bocelli
You're The Inspiration: The Music Of David Foster & Friends
Reprise Records
続けてもう1人、やはり身体(しんたい)のハンディを負ったヨーロッパのクラシック歌手の歌を聴いてください。イタリアのテノール歌手、アンドレア・ボチェッリ。ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開会式でも歌ってましたね。彼は1958年生まれのイタリア人ですが、12歳のときにサッカーのボールを頭に受けて、脳内出血を起こして失明しました。それでも努力を重ねて弁護士になったのですが、1994年にルチアーノ・パヴァロッティに見いだされて、歌手としてデビューします。そしてイタリアを代表するテノール歌手として、高い評価を受けるようになりました。なにしろ美しい声なんです。

彼が「アマポーラ」を朗々と歌い上げます。デイヴィッド・フォスターが主宰したコンサートでのライブ録音です。場内、盛り上がります。

メールをいただきました。

シンゴリラウス星人(53、男性、群馬県)
「私は若い頃、晩酌にキンキンに冷えたビールを飲んでいたのですが、お腹を下すようになり最近は芋焼酎のお湯割りを飲んでいます。村上さんも毎日、晩酌をされていると思うのですが、若い頃と変えた事はありますでしょうか?」


僕はここのところ毎日晩酌はしておりません。週に2、3回は休肝日をつくるようにしています。しかしそう言われてみると、最近はたしかに昔ほどビールを飲まなくなりましたね。お腹はこわさないけど、身体が冷えちゃうんでね。日常的には赤ワインを飲むことが多いですが、蕎麦屋に行って「そば焼酎のそば湯割り」というのを飲むのが習慣になりました。つまみは煮こごりとか、生麩(なまふ)とか、だし巻き卵とか、そういうあっさりしたものがいいです。試してみてください。(にゃあ)
Guided Missiles
The Manhattan Transfer
A Touch Of Class
Disky
So Long, Frank Lloyd Wright
New York Voices
New York Voices Sing The Songs Of Paul Simon
RCA Victor
コーラスを2曲、続けて聴いてください。マンハッタン・トランスファーとニューヨーク・ヴォイセズです。まずはマンハッタン・トランスファー(略してマントラ)ですが、これは僕らがよく知っている4人のユニットとして彼らが活躍し始める前身、以前のグループで、構成メンバーはリーダー格のティム・ハウザー以外まったく重なっていません。この初期のマントラは1969年に結成され、1枚だけアルバムを出して、1971年に解散しています。メンバーの音楽的方針があわなくて、分裂解消みたいなことになったんです。

その1枚だけのアルバム「ア・タッチ・オブ・クラス」の中からドゥワップ・チューンを聴いてください。「Guided Missiles(誘導ミサイル)」。なんか物騒なタイトルですが、東西冷戦のまっただ中、1956年にカフリンクスがヒットさせた曲です。

そしてニューヨーク・ヴォイセズ、男性2人、女性2人のコーラス・グループです。マントラと同じ構成ですね。名前の通り小洒落た都会的雰囲気を持つユニットで、1998年に発表されたこのアルバム『ポール・サイモン・ソングブック』でも、少しばかり斜に構えて、ポール・サイモンの作った曲の中でも、比較的知られていない渋いものを中心に歌っています。その中から今日は「さよなら、フランク・ロイド・ライト」を聴いてください。これも、そんなに知られていないけど、素敵な曲です。「Guided Missiles」そして「So Long, Frank Lloyd Wright」。

フランク・ロイド・ライトはもちろん有名な建築家ですね。アート・ガーファンクルは大学で建築学を専攻していて、フランク・ロイド・ライトを崇拝していたんです。そしてポールに「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌を書いてくれないかな」と頼みました。ポールは「ああ、いいよ」って曲をさらさらっと書き上げたんですが、フランク・ロイド・ライトが誰なのか、ぜんぜん知らなかったんだそうです。
Adia
Sarah McLachlan
Surfacing
Arista
サラ・マクラクラン、カナダ生まれの女性シンガー・ソングライターです。このアルバム『Surfacing』は1997年に発売され、全米で800万枚を売り上げたということです。すごいなあ。その中から「Adia」を聴いてください。

アディア、あたしはあなたをがっかりさせたよね
アディア、あたしはあなたをへこませちゃった

しかし、シンガーソングライターの歌って、なんか私小説風のものが多いですねえ。
All That Happened
Jesse Harris
Through The Night
Plankton
次は男性シンガー・ソングライター、ジェシー・ハリスです。この人は1969年、ニューヨーク生まれ。2002年にノラ・ジョーンズに提供した「Don't Know Why」が大ヒットして、グラミー賞をもらいました。彼が2010年に発表したアルバム『Through The Night』から「All That Happened」を聴いてください。昨日起こったこと。こんな歌詞です。これもちょっと私小説っぽいかなあ。

昨日起こったことはみんな
怒らないわけにはいかなかったんだよ

中古CD、レコードのバーゲン漁りのコツのひとつは、やはりゆっくり時間をかけることですね。暇にまかせて……という余裕が大事です。それから、そこそこの商品知識を有していること。これは当然ですね。そして健全な好奇心を持ち、勘をしっかり働かせ、多少の失敗を怖れないこと。今日の失敗は明日の成果に繋がります。
My Heart Belongs To Daddy
Kitty Kallen
Little Things Mean A Lot
Living Era
Me And My Shadow
Robbie Williams
Swing When You're Winning
Chrysalis
古い歌を虫干しします。2曲続けて聴いてください。まずキティー・カレンが歌う「私の心はパパのもの(My Heart Belongs To Daddy)」。1938年にコール・ポーターが書いた曲です。ペギー・リーが『ブラック・コーヒー』というアルバムでカヴァーしたヴァージョンがなんといっても有名ですが、1946年のこのキティー・カレンの歌もチャーミングです。なによりバックバンドを務めるアーティ・ショーの演奏が、さすがっていうか、ドライブが効いていて素晴らしいんです。ユダヤ系音楽みたいのに始まって、途中でジェームズ・ボンドのテーマそっくりのフレーズも出てきます。

それからロビー・ウィリアムズが歌う「Me And My Shadow(僕と僕の影)」。これは1927年にアーヴィング・バーリンが作った曲で、僕と僕の影が掛け合いで歌うという趣向なんですが、フランク・シナトラとサミー・デイヴィス・ジュニアのデュエットがいちばん有名です。ここではロビー・ウィリアムズとジョナサン・ウィルクスとの掛け合いで聴いてください。
ロビー・ウィリアムズ、「テイク・ザット」という英国のポップ・グループのメンバーだった人ですね。バンドが解散したあと、ソロ歌手として成功を収めました。

お便りをいただきました。

モコモコ姉妹(50、男性、宮城県)
「いつも楽しく拝聴させていただいています。私には2人の娘がいます。今は高校生と中学生です。でも2人ともあまり学校が好きではないらしく、日々インターネットでドラマや映画、動画を観たり、楽器の練習をしたり、絵を描いたりして気ままに暮らしています。“このまま成長したらどうなってしまうのか”と気にはなるのですが、勉強なんて無理にやらせるものでもないので、基本的に自由にさせています。村上さんなら、このような娘たちにどのように接しますか?」


こういう質問は僕なんかより僕の両親にしてもらいたかったですね。彼らも同じような悩みを抱えていたみたいでしたから。僕も正直あまり勉強しませんでした。音楽ばかり聴いて、本ばっかり読んでいました。それでもまあなんとかなっちゃうもんです。そうですよね、猫山さん(にゃあ)。
The Shoop Shoop Song (It's In His Kiss)
Sheila E.
An All Star Tribute To Cher
All Starz Records
シーラEがシェールのトリビュート・アルバムの中で、「シュープ・シュープ・ソング」を歌っています。この歌は1964年にベティ・エヴェレットの歌でヒットしましたが、1990年にシェールのカヴァーで再ヒットしました。シェールとウィノナ・ライダーとクリスティーナ・リッチが3人で歌って踊るビデオは最高に愉快です。それをシーラEがまたカヴァーします。
シーラEはいいらしい……というのは前にも言ったような気がします(註:回文風な文章として)。二度も言うようなものじゃないですよね。でもまあ、いいか。シーラEはいいらしいです。
Moonglow
Benny Carter Quintet
The Complete Benny Carter
Mercury
今日のクロージング音楽はアルトサックスの名手にしてレジェンド、ベニー・カーターのクインテットが演奏する「ムーングロウ」です。1946年の録音。これも100円均一の箱から拾い上げてきたものです。原版はキーノート。しっかり実のある定評ある演奏なんですけどね。

僕の今回のバーゲン漁りの収穫、いかがでしたか? これだけじっくり楽しめる音楽が100円、200円で買えちゃうなんて、100円ショップじゃないですが、物価高の昨今、ちょっと信じられませんよね。なにしろ今夜の番組の音楽の制作費は全部あわせて1,500円くらいですからね。TOKYO FMの社長も喜んじゃいますよね。
さて、今月の言葉はチャーリー・チャップリンの名作『ライムライト』の中に出てくる台詞です。年老いて落ちぶれた芸人が、絶望してガス自殺を図った若いバレリーナを救助し、励まします。彼は言います。

「死ぬのと同じくらい、避けては通れないことがある。それは生きることだ」
There's an inevitable thing as DEATH. That is LIFE.

含蓄(がんちく)に富んだ台詞ですね。僕も時として、狭いポンコツの中古車の中に一晩閉じ込められたような気持ちになることがあります。それでもまあ、なんとか生き続け、こつこつと地道に小説を書き続けてきました。町で見かけても石を投げたりしないでくださいね。

「死ぬのと同じくらい、避けては通れないことがある。それは生きることだ」

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

いよいよゴールデンウィークですね! みなさまはどんな休日をお過ごしでしょうか。 最近は音楽の流通も変わり、気に入った曲だけを効率よく選んで買う時代になりました。その分、まだ聴いたことのない「新しい音楽」に偶然出会う機会は、以前よりも少なくなってしまったかもしれません。 今夜お届けした曲の中に、「おっ」と心に留まるような歌はあったでしょうか。もしあったなら、この連休にでも、ぜひ近所のCD屋さんのバーゲン箱を覗いてみてください。そこにはまだ誰にも見つかっていない、あなただけの素晴らしい音楽があるかもしれませんよ!(村上RADIOスタジオ・チーム)

村上RADIO オフィシャルSNS

村上RADIO オフィシャルSNS

村上選曲を学ぶテキストはこれだ!

村上選曲を学ぶテキストはこれだ!

単行本

スタン・ゲッツー音楽を生きるー

ドナルド・L・マギン/著 、村上春樹/訳
発売日:2019/8/27
3,520円(税込)
詳細を見る
文庫

村上さんのところ

村上春樹/著
発売日:2018/5/1
907円(税込)
詳細を見る
文庫

村上春樹 雑文集

村上春樹/著
発売日:2015/11/01
810円(税込)
詳細を見る

単行本

セロニアス・モンクのいた風景

村上春樹/編訳
発売日:2014/09/26
2,160円(税込)
詳細を見る
文庫

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾/著、村上春樹/著
発売日:2014/07/01
767円(税込)
詳細を見る
文庫

ペット・サウンズ

ジム・フジーリ/著 、村上春樹/訳
発売日:2011/12/01
529円(税込)
詳細を見る
単行本

バット・ビューティフル

ジェフ・ダイヤー/著 、村上春樹/訳
発売日:2011/09/30
2,052円(税込)
詳細を見る
文庫

ジャズ・アネクドーツ

ビル・クロウ/著 、村上春樹/訳
発売日:2005/7/1
853円(税込)
詳細を見る
文庫

ポートレイト・イン・ジャズ

和田誠/著 、村上春樹/著
発売日:2004/02/01
853円(税込)
詳細を見る
文庫

さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想―

ビル・クロウ/著 、村上春樹/訳
発売日:1994/02/01
961円(税込)
詳細を見る
『古くて素敵なクラシック・レコードたち』
文藝春秋(2021年6月):百曲以上の名曲を論じながら、作家の音楽観が披露される。
『意味がなければスイングはない』
文藝春秋(2005年11月)、文春文庫(2008年12月):『ステレオサウンド』2003年春号~2005年夏号に連載された音楽評論集。
『村上ソングズ』
和田誠(絵・エッセイ)と共著 中央公論新社(2007年12月)「村上春樹翻訳ライブラリー」シリーズに収録(2010年11月):歌詞の翻訳と和田誠の挿絵が中心の楽しい一冊。
『走ることについて語るときに僕の語ること』
文藝春秋(2007年10月)文春文庫(2010年6月):音楽本ではないが、ランナーにも愛読者が多い。

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。