9月18日O.A.「Purple Haze」 Jimi Hendrix
今日ご紹介したのは、ジミ・ヘンドリックスです!
1967年リリース、「パープルヘイズ」!
1942年シアトル生まれ。15歳でギターに興味を持ち始めます。
バックミュージシャンとして活躍したり、自身のバンドを率いていましたが、
66年に活動の場をイギリスに移し、レコードデビュー。
デビューシングルの「ヘイ・ジョー」はイギリスチャート4位を記録するヒットとなります。
67年、アメリカで開催された大型ロックフェスに出演、圧倒的な演奏と、
ギターを燃やすパフォーマンスで、母国アメリカでも一躍スターダムにのしあがります。
特に69年に行われた「ウッドストック・フェスティバル」での
大雨の中でのパフォーマンスは、伝説として語り継がれています。
しかしその翌年、1970年の今日、9月18日、27歳の若さで亡くなりました。
デビューからたった4年という短い活動期間でしたが、
天才ギタリストとして、伝説は今もなお強烈に音楽シーンに
存在感を放っています。
1967年リリース、「パープルヘイズ」!
1942年シアトル生まれ。15歳でギターに興味を持ち始めます。
バックミュージシャンとして活躍したり、自身のバンドを率いていましたが、
66年に活動の場をイギリスに移し、レコードデビュー。
デビューシングルの「ヘイ・ジョー」はイギリスチャート4位を記録するヒットとなります。
67年、アメリカで開催された大型ロックフェスに出演、圧倒的な演奏と、
ギターを燃やすパフォーマンスで、母国アメリカでも一躍スターダムにのしあがります。
特に69年に行われた「ウッドストック・フェスティバル」での
大雨の中でのパフォーマンスは、伝説として語り継がれています。
しかしその翌年、1970年の今日、9月18日、27歳の若さで亡くなりました。
デビューからたった4年という短い活動期間でしたが、
天才ギタリストとして、伝説は今もなお強烈に音楽シーンに
存在感を放っています。
2013.09.18
9月17日O.A.「CLOUDS ACROSS THE MOON」RAH BAND
先週の土曜の午後に、日本の新型ロケット「イプシロン」の打ち上げが成功しましたね。
空高く消えてゆくイプシロンを見上げた方、多いと思います。
今朝お送りしたのは、RAH BAND(ラー・バンド)の「CLOUDS ACROSS THE MOON」です。
ラーバンドのRAHは、リチャード・アンソニー・ヒューソンのイニシャルです。
ビートルズやウイングス、スーパー・トランプなどのアレンジやプロデュースなど
他人の曲ばかりに関っていたリチャードが、自由に自宅でオリジナルを録音し始めたのがRAH BANDの始まり。この曲は1985年にUKチャートで6位まであがるヒットになりました。
ちなみにこの曲の歌詞、歌詞は、宇宙に滞在している旦那さんにむけて、
地球に残された奥さんが、寂しい心境をメッセージする内容。
奥さんがオペレーターに回線をつないでもらうところから
ロマンテックなこの曲はスタートします。
あさっては中秋の名月です。
何かと、空を見上げることが多い、秋。
月や秋の夜空を見ながらこの曲是非、聞いてみてください。
あなたの心が宇宙に飛び出す事保障しますよ。
空高く消えてゆくイプシロンを見上げた方、多いと思います。
今朝お送りしたのは、RAH BAND(ラー・バンド)の「CLOUDS ACROSS THE MOON」です。
ラーバンドのRAHは、リチャード・アンソニー・ヒューソンのイニシャルです。
ビートルズやウイングス、スーパー・トランプなどのアレンジやプロデュースなど
他人の曲ばかりに関っていたリチャードが、自由に自宅でオリジナルを録音し始めたのがRAH BANDの始まり。この曲は1985年にUKチャートで6位まであがるヒットになりました。
ちなみにこの曲の歌詞、歌詞は、宇宙に滞在している旦那さんにむけて、
地球に残された奥さんが、寂しい心境をメッセージする内容。
奥さんがオペレーターに回線をつないでもらうところから
ロマンテックなこの曲はスタートします。
あさっては中秋の名月です。
何かと、空を見上げることが多い、秋。
月や秋の夜空を見ながらこの曲是非、聞いてみてください。
あなたの心が宇宙に飛び出す事保障しますよ。
2013.09.17
9月16日O.A.「At Seventeen」Janis Ian
今朝は、ジャニス・イアン、「アット セヴンティーン」。
秋にはピッタリな哀愁漂う曲ですよね。
ジャニス・イアンは、1951年、ニューヨーク、ブロンクス出身。
女性シンガーソングライターの草分け的存在として多くの人に影響を与え続けています。
この曲「アット セヴンティーン」の邦題は「17才の頃」。
1975年リリースの彼女の出世作です!
17歳という少女から大人に成長する多感な年頃に、
周りの人の様に恋愛をすることができず、一人で悶々としていた日々を振り返る
切ない歌詞が多くの人の共感を呼び、全米で3位を獲得、グラミー賞も受賞しました。
人生の一つのターニングポイントと言ってもいい17才、
あなたはどんな17才を過ごしていましたか?
実はジャニスイアンの曲は日本のドラマの主題歌になったりと、
日本や日本のアーティストとも関わりが深く、
椎名林檎さんがカヴァーしたり、
中島みゆきさんの地上の星を逆にジャニス・イアンがカヴァーしたり・・・
そして、アンジェラ・アキさんとは、2008年の来日公演で共演。
現在ではメル友なんだそうです。
その切ない歌詞や音のイメージが、日本人の独特の感性の「侘び寂び」の心に
通じるのかもしれませんね。
秋にはピッタリな哀愁漂う曲ですよね。
ジャニス・イアンは、1951年、ニューヨーク、ブロンクス出身。
女性シンガーソングライターの草分け的存在として多くの人に影響を与え続けています。
この曲「アット セヴンティーン」の邦題は「17才の頃」。
1975年リリースの彼女の出世作です!
17歳という少女から大人に成長する多感な年頃に、
周りの人の様に恋愛をすることができず、一人で悶々としていた日々を振り返る
切ない歌詞が多くの人の共感を呼び、全米で3位を獲得、グラミー賞も受賞しました。
人生の一つのターニングポイントと言ってもいい17才、
あなたはどんな17才を過ごしていましたか?
実はジャニスイアンの曲は日本のドラマの主題歌になったりと、
日本や日本のアーティストとも関わりが深く、
椎名林檎さんがカヴァーしたり、
中島みゆきさんの地上の星を逆にジャニス・イアンがカヴァーしたり・・・
そして、アンジェラ・アキさんとは、2008年の来日公演で共演。
現在ではメル友なんだそうです。
その切ない歌詞や音のイメージが、日本人の独特の感性の「侘び寂び」の心に
通じるのかもしれませんね。
2013.09.16
9月13日O.A.「彩り」Mr. Children
「ノエビア Song of Life」。金曜日は月替わりのテーマで、リクエストとメッセージをご紹介しています。
9月のテーマは、「旅に持っていきたい曲」!
今朝は、神奈川県の20代女性、ラジオネーム〔まりも〕さんから頂いたリクエストにお応えしました。
〔まりも〕さんからはこんなメッセージも・・・
「就職前の卒業旅行、インドでの旅の途中、長距離バスの中で聴いた、
Mr.Childrenの『彩り』が、今でも大好きな曲です。
バスから、インドの田舎のなにもない風景を見ながら、
“こーんなに広い地球の中の私は一点に過ぎないけど、社会に彩りを加えららるよう、
帰国したら頑張ろう”と思いました。
旅で見た景色と聴いている曲がシンクロして、深く印象に残ることってありますよ。
音楽と旅の風景が一緒になってまりもさんに大きな力を与えたんですね。
9月のテーマは、「旅に持っていきたい曲」!
今朝は、神奈川県の20代女性、ラジオネーム〔まりも〕さんから頂いたリクエストにお応えしました。
〔まりも〕さんからはこんなメッセージも・・・
「就職前の卒業旅行、インドでの旅の途中、長距離バスの中で聴いた、
Mr.Childrenの『彩り』が、今でも大好きな曲です。
バスから、インドの田舎のなにもない風景を見ながら、
“こーんなに広い地球の中の私は一点に過ぎないけど、社会に彩りを加えららるよう、
帰国したら頑張ろう”と思いました。
旅で見た景色と聴いている曲がシンクロして、深く印象に残ることってありますよ。
音楽と旅の風景が一緒になってまりもさんに大きな力を与えたんですね。
2013.09.13
9月12日O.A.「Human Nature」Michael Jackson
今日ご紹介したのは、1982年にリリースとなった、マイケル・ジャクソンの名盤『スリラー』から
万華鏡のようなハーモニーとも言われた「HUMAN NATURE」です。
1987年の今日、9月12日にソロとしての初来日公演を後楽園球場で行いました。
しかも、ワールドツアーのスタートがこの日本公演だったこともあって、マスコミが殺到。
当時、マイケルジャクソンとしての初来日は、ビートルズ以来の大フィーバーとなりました。
親日家だったマイケルにとって、この日本公演は夢だったといいます。
およそ40日間という異例の滞在で、全14公演、42万9000人を動員。
トータル26億円分のチケットはすべてソールドアウトでした。
1回のステージで1億7000万円もの費用がかかったと言われる豪華なショー。
大規模なワールドツアーのスタートにふさわしい素晴らしいものでした。
マイケル・ジャクソンが残した音楽と思い出は、これからもずっと語り継がれることでしょうね。
万華鏡のようなハーモニーとも言われた「HUMAN NATURE」です。
1987年の今日、9月12日にソロとしての初来日公演を後楽園球場で行いました。
しかも、ワールドツアーのスタートがこの日本公演だったこともあって、マスコミが殺到。
当時、マイケルジャクソンとしての初来日は、ビートルズ以来の大フィーバーとなりました。
親日家だったマイケルにとって、この日本公演は夢だったといいます。
およそ40日間という異例の滞在で、全14公演、42万9000人を動員。
トータル26億円分のチケットはすべてソールドアウトでした。
1回のステージで1億7000万円もの費用がかかったと言われる豪華なショー。
大規模なワールドツアーのスタートにふさわしい素晴らしいものでした。
マイケル・ジャクソンが残した音楽と思い出は、これからもずっと語り継がれることでしょうね。
2013.09.12

