MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。今日は「ボブ・ディラン・ソングブック」をお送りします。これまでいろいろとソングブック・シリーズをやってきて、どうしてボブ・ディランをやらないんだというメールをいくつかいただきました。はい、そうですね。ソングブックのラインナップからディランを外すわけにはいきません。このあいだ、「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」というとても面白いディランの伝記的映画(バイオピック)を観てきまして、「うん、そうだ。ディラン、そろそろやらなくてはな」と思いを新たにしました。なんといっても、ビートルズと並んで二十世紀を代表する大物シンガーにして詩人、作曲家ですものね。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

ビートルズの場合もそうですが、ディランも活動期間の長い人ですから、歌ってきた曲もずいぶんたくさんあって、いったい何をどのような基準で選べばいいのか、考え出すと頭が混乱してきます。だから今回は思い切って初期の作品に限定して、その中から選ぶことにしました。アルバムでいえば『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』『The Times They Are A-Changin'』『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』『Bringing It All Back Home』の4枚、その中から10曲あまりをピックアップしたのですが、それだけ範囲を絞っても選曲はむずかしい作業でした。とにかく素敵な曲が多いんですよね。いつものようにオール・カバーでお送りします。

Blowin' In The Wind
Peter Paul & Mary
Live In Japan, 1967
Rhino Records
Don't Think Twice, It's Alright
Susan Tedeschi
Contemporary Blues Interpret Bob Dylan
KRB Music Companies
今日は「ボブ・ディラン・ソングブック」をお送りします。今回選んだ4枚のアルバムは、1963年~1965年の間に、コロムビア・レコードからリリースされています。ディランがアコースティック・ギター1本のいわゆる「フォークソング歌手」としてデビューし、その後、電気楽器とドラムズを導入し、それが多くの人に「裏切り」と見なされて、騒動を巻き起こした時期までの録音ですね。

別に電化されたあとのディランを評価しないというんじゃなくて、ただ区切りがよかったというだけなのですが。しかし、あらためて聴いてみると、この4枚の初期のアルバムに収められた音楽には、長いディランのキャリアの中でも、他の時期とは肌合いを異(こと)にする特別な空気が流れているような気がします。まるで開けた窓から吹き込んでくる新鮮な風のような匂いがあります。

まず、1963年にリリースされたアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』から2曲を聴いてください。ピーター・ポール&マリーが歌う「風に吹かれて(Blowin' In The Wind)」。今日おかけするのは1967年の日本公演のライブです。このライブ録音、演奏も音も素晴らしいです。

それからスーザン・テデスキ姉さんが「くよくよするな(Don't Think Twice, It's All Right)」を歌います。これ、僕が知っているこの歌のカバーの中では断トツに素晴らしいと思います。

僕が初めて聴いたディランの歌はこの「風に吹かれて」でした。中学生のときですが、この歌は僕の記憶に鮮やかに焼き付いています。その当時のくっきりとした風景付きで。よほど印象深かったんでしょうね。その頃はわからなかったけど、英語の“Blowin' In The Wind”は、ただ「風に吹かれる」というのではなく、ニュアンスとしては「吹き飛ばされるくらい激しく風に煽(あお)られている」ということですね。歌詞の翻訳としては「マイ・フレンド、その答えは今にも風に吹き飛ばされそうだ」くらいになるのかな。
The Times They Are A-Changin'
Joshua Redman
Timeless Tales (For Changing Times)
Warner Bros. Records
One Too Many Mornings
The Band
Contemporary Blues Interpret Bob Dylan
KRB Music Companies

次はアルバム「時代は変る(The Times They're A-Changin')」から2曲を聴いてください。タイトルソング「The Times They Are A-Changin'」、ジョシュア・レッドマン・カルテットのクールな演奏で聴いてください。ピアノはブラッド・メルドーです。

タイトルの「The Times They Are A-Changin'」の A-Changin'についてときどき質問を受けます。Changin'の前にA-がついているのはどうしてなのか、と。辞書的に言いますと、動名詞の前にA-がつくのは多くの場合、その動作がまさに進行の途中にあることを意味します。だから「時代は変わる」というよりは「時代はまさに変わりつつある」というニュアンスなんでしょうかね。またまた英語の授業みたいになっちゃってすみません。でもディランの歌では歌詞の細かいところがけっこう大事になってくるんです。

そして、The Bandが「One Too Many Mornings」を歌います。「One Too Many Mornings」って、とても訳しにくい表現なんだけど、「朝が結局ひとつぶん余計だったね」という感じかな。恋人とのその一夜が、彼に最終的な朝の失望をもたらしたんでしょう。おれって「ひとつだけ余計な朝」であり、そして1,000マイルも離れたところにいるんだ、とディランは歌います。The Band、もともとユニットとしてボブ・ディランのバック・バンドを務めていただけあって、しっかり筋の通った演奏になっています。

All I Really Want To Do
The Byrds
The Byrds Play Dylan
Columbia
To Ramona
The Alan Price Set
Take What You Need (UK Covers Of Bob Dylan Songs 1964-69)
Ace

さて、次は1964年にリリースされたアルバム『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』から聴いてください。これも素晴らしいアルバムですよね。素敵な曲がいっぱい入っています。なのにアメリカの雑誌「ローリング・ストーン」のレコードガイドで「まあまあの出来」を意味する三つ星しかもらっていないのは、ちょっと気の毒な気がします。

まずはザ・バーズの演奏する「All I Really Want To Do」、そしてアラン・プライス・セットの演奏する「To Ramona」です。アラン・プライスはジ・アニマルズのオリジナル・キーボード奏者ですね。「朝日のあたる家」でのオルガン・ソロは印象的だった。彼はアニマルズを脱退してこのアラン・プライス・セットというバンドを組みました。

バーズは「ミスター・タンブリン・マン」で有名ですが、ディランの曲をポップス風に「翻訳」することで人気を得ました。ボブ・ディランとザ・ビートルズのいちばん大きな違いは、ディランは幅広い層に自分の音楽を届けるためには「翻訳」をある程度必要としたし、ビートルズはそんなものを必要としなかったということになるかもしれません。でも、そのぶんディランのコアなファン、支持者の熱意、忠誠心は実に半端ないみたいです。

それではバーズの「All I Really Want To Do」、そしてアラン・プライスの「To Ramona」。

My Back Pages
Joan Osborne & Jackson Browne
Steal This Movie (Music From The Motion Picture)
Artemis Records
It Ain't Me Babe
Johnny Cash
Dylan Country
Shout! Factory

アルバム『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』からもう2曲聴いてください。ジョーン・オズボーンとジャクソン・ブラウンがデュオで歌う「マイ・バック・ページズ」、そしてジョニー・キャッシュが歌う「It Ain't Me, Babe」。

ジョニー・キャッシュ、映画「名もなき者」にも出ていましたが、人気絶頂のばりばりのカントリー歌手であるにもかかわらず、ボブ・ディランの音楽に惚れ込んで、彼の歌を熱心に歌って世に広めました。僕は彼がサン・クエンティン刑務所における慰問ライブで歌った、ディランの「ウォンテッド・マン」がとても好きでした。この「It Ain't Me, Babe」もしっかりドスがきいていて素晴らしいですが。

「あんたは自分が倒れたら助け起こしてくれるような、強い男を求めている。あんたのためにいつも花を摘んで、呼ばれたらまっすぐ飛んでくるような男を。でもな、おれはそんな人間にはなれっこないんだよ、違うんだよ、ベイビー」。これは言うなれば究極のアンチ・ラブソングですね。

Maggie's Farm
Solomon Burke
How Many Roads (Black America Sings Bob Dylan)
Ace

4枚目のアルバムは『Bringing It All Back Home』。このアルバムの半分はアコースティック楽器、後の半分はエレクトリック楽器で演奏されているという、まさにディランの過渡期の音楽世界になっています。

僕はこの曲、昔から好きなんです。「マギーズ・ファーム」、ソロモン・バークが歌います。「おれはもう金輪際(こんりんざい)マギーの農場では働かないぞ」という決意を述べた貧しい労働者の歌です。これは古くからあるブルーズ曲を焼き直したというか、換骨奪胎(かんこつだったい)したものらしいですが、でもディランが歌うと、歌詞のすべてがまるで何かの比喩のように聞こえます。ソロモン・バークは黒人のソウル歌手ですが、彼の声はこの曲によく合っています。かっこいいです。

Hei, Spellemann
Åge Aleksandersen Med Band Og Taraf de Haïdouks
Fredløs | Dylan På Norsk
Kirkelig Kulturverksted

次はちょっと毛色の変わったところで、ノルウェイの歌手がノルウェイ語で「ミスター・タンブリン・マン」を歌います。ノルウェイ語のタイトルは「Hei, Spellemann」、意味はわかりませんけど。

このCD、30年くらい前にオスロのレコード店で見つけて買ってきたのですが、ライナーノーツも全部ノルウェイ語で書いてあるので、細かい内容はわかりません。でも内容はなかなかユニークに充実しています。アルバムのタイトルはたぶん「ノルウェイ語のディラン」、歌っているのはオーゲ・アレクサンダーセン、バンドの名前はタラフ・ドゥ・ハイドゥークス。おそらくそう発音するんだと思います。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスはルーマニア出身のロマ音楽を専門とするグループらしいですが、とにかく全編ディランの曲のカバーで、使われている楽器も、写真で見たところほぼすべて民族楽器です。なかなか素敵でしたね。

Baby Blue
Barry McGuire
Eve Of Destruction
MCA Records

アルバム『Bringing It All Back Home』からもう1曲、「It's All Over Now Baby Blue」をバリー・マクガイアが歌います。バリー・マクガイアはフォークソング・グループ「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」の元メンバーで、「グリーン・グリーン」の作曲者の1人でもあります。ソロ歌手になってからは「イヴ・オブ・デストラクション」をヒットさせています。明らかにボブ・ディランの影響を受けた歌い方をする人です。模倣とまでは言いたくないけど。

それではバリー・マクガイアの歌う、「It's All Over Now Baby Blue」。しかしすごくファンキーな歌詞ですね。

<クロージング曲>
Keith Jarrett trio「My Back Page」

今日のクロージングの音楽はキース・ジャレット・トリオの演奏する「マイ・バック・ページズ」です。ベースはチャーリー・ヘイデン、ドラムズはポール・モチアン、「シェリーズ・マンホール」でのライブ録音です。1969年にリリースされたこのアルバムは、一時期ジャズ喫茶の超人気盤でした。どこに行ってもかかっていた。懐かしいです。

今日の言葉はフランスの詩人のジャン・コクトーです。彼は詩人というものをこのように定義しています。
「詩人とは常に真実を語る嘘つきのことだ」

今日、このようにボブ・ディランの曲をまとめて聴いて、それに合わせて歌詞をじっくりと読み込んでみて、本当にそのとおりだなと実感しました。ディランの曲の歌詞って、けっこうはったりが多いと僕は思うんです。本人もよくわかっていないこと、理解できないことを、ずらずらと並べているだけじゃないかと思えることもしばしばあります。でも、そうして彼の並べる言葉には、間違いなく本物の説得力があるんですよね。まさにジャン・コクトーの言う「常に真実を語る嘘つき」ですね。そして彼自身もそのへんのことをきちんと自覚しているように僕は感じます。嘘だけどインチキじゃない。そこがディランの凄いところだと僕は思うんですが。

「詩人とは常に真実を語る嘘つきのことだ」

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

「ソングブック・シリーズ」は、村上さんが一人の作曲家に焦点をあてて選曲する大好評特集ですが、今回は待望のボブ・ディランです。初期の作品からの10曲は、いつものように思わず唸(うな)るオール・カバー。Blowin' in the Wind、The Times They Are A-Changin’ ……ディランの音楽と春樹さんの言葉が響き合い、収録のスタジオを60年代の風が吹き抜けていきました。あなたは、どの曲にぐっと来ましたか?(「村上RADIO」スタジオ・チーム)

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村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。