MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。今年ももうそろそろ終わりですね。何だかあっという間に1年が過ぎてしまいました。この1年いろんなことがありましたが、6月にビーチボーイズの中心人物だったブライアン・ウィルソンがこの世を去りました。ブライアンは1942年生まれ、亡くなったとき82歳、デビュー以来60年以上にわたる豊かな、そして波乱に富んだ音楽人生でした。今夜は彼を偲んで、「ブライアン・ウィルソン・メモリアル」というタイトルで番組をお送りします。
番組全体が彼の思い出にささげられます。今回はビーチボーイズ時代のよく知られた曲は思い切ってそっくり外して、彼がグループを離れてソロ活動に移ってからのものに絞って選曲しました。

I Just Wasn’t Made For These Times
Brian Wilson
At My Piano
Decca
というわけで、今夜のテーマ音楽はいつもと違います。ブライアン・ウィルソンが1人でピアノを弾いて演奏する「I Just Wasn't Made For These Times(僕はこの今の時代に向いてないんだ)」です。これはビーチボーイズ時代の曲ですが、2021年にリリースされた『At My Piano』というピアノソロアルバムに収められています。彼は正式なピアノのレッスンを受けなかったけれど、独学で自分なりの演奏法を見つけ出し、以来その楽器は孤独な10代の少年が心の丈を打ち明ける大切な相手になりました。テクニック的には決して上手なピアニストとは言えませんが、自宅の居間にあったその古いアップライト・ピアノから、数多くの美しい曲が生み出されました。

Love And Mercy
Brian Wilson
Brian Wilson
Sire
ブライアンは1966年に、ビーチボーイズを率いてリリースしたアルバム『ペット・サウンズ』で音楽的に高く評価されますが、そのあと深刻な精神的なトラブルに見舞われ、ドラッグとアルコールに溺れて、創作エネルギーは徐々に奥に追いやられ、ビーチボーイズの他のメンバーとの関係ももうひとつしっくりしないものになっていきます。この時期にも優れた曲、印象に残る曲は数多く生み出されているのですが、残念ながらかつてのサーフィン・ミュージック時代のような幅広い人気は得られませんでした。
でも精神科医の治療を受けて、それなりに回復を遂げ、1988年にリハビリのようなかたちで、彼にとっての最初のソロ・アルバムを発表します。アルバムのタイトルはそのものずばり『Brian Wilson』、その中から「Love And Mercy」を聴いてください。この曲は前にも一度かけたことがあるんですが、良い曲なのでもう一度かけます。愛と慈(いつく)しみ。ブライアンはそういうものを真剣に必要としていたんですね。心を癒やす美しいメロディーです。

ブライアンは自分のバンドのステージの締めくくりに、この「Love And Mercy」をピアノの弾き語りで、1人静かに歌いました。そして曲の終わりに客席に向かって「グッドナイト」と言います。それはいつも、ほんとに素晴らしいコンサートの終わり方でした。
Melt Away
Brian Wilson
I Just Wasn't Made For These Times
MCA Records
次に1995年にDon Wasがプロデュースしてつくった『I Just Wasn't Made For These Times』から「Melt Away」を聴いてください。あまり知られていない曲ですが、隠れた名曲というか、僕は個人的に気に入っています。

これ、素晴らしい曲だと思うのですが、この曲もさっきの「Love And Mercy」も世間的にはあまり注目されず、ヒットチャートには、かすりもしませんでした。レコード会社があまり熱心にプロモートしなかったということも、その原因のひとつかもしれませんね。気の毒です。「Love And Mercy」とほとんど同時期にリリースされた、ブライアン抜きのビーチボーイズが歌った「ココモ」なんて、そんな大した曲じゃないのに、映画主題歌として派手に宣伝されて、全米チャートの1位を取っています。そりゃブライアン、がっかりしちゃいますよね。にゃーお(猫山)
Your Imagination
Brian Wilson
Imagination
Giant Records
Lay Down Burden
Brian Wilson
Imagination
Giant Records
僕が人生で最初に聴いたビーチボーイズの曲は「サーフィンUSA」、1963年くらいだったかな、まだ中学生のときです。ラジオで聴いて、一瞬でぶっ飛びました。こんな音楽これまでに聴いたことないぞ!みたいな感じでね。少しあとでビートルズの『Please Please Me』を初めて聴いたときも同じくらいぶっ飛んだけど、個人的にはビーチボーイズのほうが肌に合っているような気がしました。
以来『ペット・サウンズ』くらいまでは熱心に彼らの音楽を聴いていたんだけど、そのあとラジオでは彼らの曲はあまりかからなくなり、僕も1960年代後半にはストーンズとかドアーズとかジミヘンとか、そのへんを興味深く聴くようになって、ビーチボーイズにはちょっとご無沙汰していた時期がありました。でも今になってその時期の彼らの音楽をあらためて聴いてみると、ぜんぜん悪くないんですね。ブライアンはストレスフルな状況の中でベストを尽くしているし、その才能はしっかり健在です。ただ内面的になりすぎて、時代のダイナミックな流れに同調できなかっただけで……。僕としては「あまり熱心に聴かないで悪いことしちゃったなあ」と、あとになって反省しております。

1998年に発表したアルバム『Imagination』から2曲聴いてください。「Your Imagination」と「Lay Down Burden(心の重荷を下ろして)」です。このアルバム、僕は好きです。ウィルソンの声は長年にわたる不摂生のために、若い頃の張りを失っていますし、売り物だった美しいファルセットも出なくなっていますが、でも人生の年輪みたいなものがそれを補っています。まあ僕らとしては、ブライアンが健在で、新しいアルバムを発表してくれるだけで嬉しかったんですけどね。はっきり言って、ブライアンが音楽家として復活を遂げるとは、ほとんど誰も予期していなかったんじゃないかな。もちろん期待はしているんだけど、まあもう無理だろう、とね。彼は一時期、世捨て人のような、世間から孤立した生活を送っていましたからね。でもそんな大方の予想に反して、彼は奇跡的に再生を果たします。
そんな再生したブライアンの音楽を2曲続けて聴いてください。
「Your Imagination」と「Lay Down Burden」。
Soul Searchin'
Brian Wilson
Gettin' In Over My Head
BriMel Records
2004年にリリースされたアルバム『Gettin' In Over My Head』から「ソウル・サーチン」を聴いてください。僕はこの曲好きなんです。人生の過ちを悔やむ歌です。もともとはビーチボーイズとのリユニオン・セッションのために1990年代にブライアンが作った曲なのですが、そのセッションは揉めに揉めてうまくいかず、途中で弟のカールも亡くなったりして、結局流れてしまい、「ソウル・サーチン」という曲も長い間未発表のまま埋もれていました。この『Gettin' In Over My Head』のトラックでは、そのボツになったセッションの録音テープから、生前のカール・ウィルソンが残したボーカル・パートが流用されています。

聴いてください。「ソウル・サーチン」。

この『Gettin' In Over My Head』というアルバム、ポール・マッカートニーとかエルトン・ジョンとかエリック・クラプトンとかがゲストとして加わった意欲的なプロジェクトだったのですが、その割にはほとんど話題にもなりませんでした。LPのチャートでもようやく100位に入ったくらいです。なんか気の毒ですね。
Live Let Live / That Lucky Old Sun (Reprise)
Brian Wilson
That Lucky Old Sun
Capitol Records
次は2008年に発表されたアルバム『That Lucky Old Sun』から聴いてください。これは久方ぶりのコンセプト・アルバムとしてそこそこ話題になり、全米チャートの27位まであがりました。
このアルバムの特色はなんといっても、旧友ヴァン・ダイク・パークスが参加していることでしょうね。伝説のアルバム『スマイル』をブライアンと共同で作り上げようとしたパークスさんです。いろんな事情で残念ながら、その作業は挫折してしまいますが。
パークスさん、このあいだ自分のバンドを率いて来日して、ライブハウスなんかで演奏しました。もちろん僕も聴きにいって、あと楽屋に行って、息子さんなんかも交えて楽しく話をしました。彼も僕の本を読んでいてくれて、喜んで、記念に『Song Cycle』発売当時の古いオリジナルTシャツをプレゼントしてくれました。これ、すごく貴重です。大事にします。
それでは彼が作詞家として参加した曲を聴いてください。「Live Let Live」です。自分も生きて、他人も生かす。
Love Is Here To Stay
Brian Wilson
Reimagines Gershwin
Disney Pearl Series
そのあとブラインはウォルト・ディズニー・レコードと契約を結び、2枚の少しばかりユニークなアルバムを発表します。ひとつはジョージ・ガーシュインの曲を集めたもので、もうひとつはディズニー映画の主題歌を集めたものです。え、ブライアンがガーシュインとディズニー映画? と耳を疑りたくなるんですが、出来はどちらもしっかり見事です。
まずガーシュイン曲集から聴いてください。2010年リリースのこのアルバムのタイトルは『Reimagines Gershwin』となっています。「ブライアン・ウィルソン、ガーシュインをもう一度練り直す」みたいなことでしょうかね。僕は最初「うーん、どんなものかな……」と恐る恐る聴いたんですが、これがびっくりするくらい面白くて、頭から尻尾まで聞き惚れてしまいました。アレンジも気が利いています。その中から「Love Is Here To Stay」を聴いてください。歌詞を書いたのは兄のアイラ・ガーシュインです。

なかなかダイナミックな内容のラブソングですね。今どきこんな愛の告白を実際に口にしたら、笑われるか、それとも呆れられるか……。でも時代を超えて素敵な歌です。聴いてください。
You've Got A Friend In Me
Brian Wilson
In The Key Of Disney
Disney Pearl Series
それからディズニーの映画主題歌集です。リリースは2011年。ブライアンはカリフォルニアのアナハイムの近くで生まれて育ちました。アナハイムといえばオリジナルのディズニーランドのあるところですね。彼は小さい頃から何度もディズニーランドに遊びに行って、ディズニー映画を熱心に観ていました。だからディズニー映画の主題歌を取り上げることは、彼にとってはごく自然なことだったんですね。べつにディズニー・レコードと契約したからゴマをすった……というわけではありません。古い映画の主題歌から新しいものまで、どのトラックも愛情を込めて歌っていて、楽しめるアルバムになっています。
このアルバムからランディー・ニューマンのつくった曲を聴いてください。「You've Got A Friend In Me」、1995年のアニメーション映画「Toy Story」の主題歌ですね。第68回アカデミー賞の歌曲賞にノミネートされましたが、残念ながらゲットできませんでした。素敵な曲なんですけどね。日本題は「君はともだち」となっています。
That's Why God Made The Radio
The Beach Boys
That's Why God Made The Radio
Capitol Records
さて、2012年に唐突にというか、突然ビーチボーイズは一時的に再結成して、新曲を並べたアルバムをリリースし、ワールドツアーをおこないます。バンド結成50周年記念ということで、関係がこじれていたブライアンとマイクがとりあえず仲直りをしたというか、握手をしたんですね。途中で案の定というか、破綻をきたしたみたいですが。そのアルバムからシングルカットされた曲を聴いてください。
「That's Why God Made The Radio(神の創りしラジオ)」という日本題がついています。
Somewhere Quiet
Brian Wilson
No Pier Pressure
Capitol Records
Half Moon Bay
Brian Wilson
No Pier Pressure
Capitol Records
ブライアンは2015年にアルバム『No Pier Pressure』を発表します。これがブライアンの音楽人生における、ほぼ最後の作品になります。No Pier Pressure、桟橋に圧力なし……。これがどういう意味なのか説明し始めると話が長くなるので、しません。すみません。ちょっとした言葉遊びのようなものなんですけど。
そのアルバムの中から「Somewhere Quiet(どこか静かな場所で)」を聴いてください。その昔の「Surfer Girl」なんかを思わせる美しい旋律を持った曲ですね。そして続けてインストルメンタル曲をかけます。「Half Moon Bay」、これも美しい曲です。トランペットを吹いているのはマーク・アイシャム。
この2曲を聴いて、ブライアン・ウィルソンさんに静かに別れを告げたいと思います。本当にお疲れ様でした、ブライアン。たくさんの素敵な音楽をありがとう。感謝しています。
Wendy
The Hollyridge Strings
The Beach Boys Songbook:
Romantic Instrumentals By The
Hollyridge Strings
Capitol Records
Girls On The Beach
The Hollyridge Strings
The Beach Boys Songbook:
Romantic Instrumentals By The
Hollyridge Strings
Capitol Records
今日のクロージング音楽はホリーリッジ・ストリングズの演奏するビーチボーイズの初期のヒットソング、「Wendy」と「Girls On The Beach」です。作曲したのはもちろんブライアン・ウィルソン。こういう曲を聴いていると、昔のことをあれこれ思い出してしんみりしちゃいますが、年若いリスナーの心にもそれなりに届くといいなと思います。
さて、恒例の「今月の言葉」のコーナーなんですが、今日はこれはお休みにして、別のことを話します。
今年、ブライアン・ウィルソン以外にも、多くの才能ある人たちがこの世を去っていきました。ミュージシャンでいえば、ロバータ・フラック、コニー・フランシス、スライ・ストーン、ロジャー・ニコルズ、マリアンヌ・フェイスフル、ジェリー・バトラー……。みんなこれまで僕が親しく耳を傾けてきた素敵な人々、素敵な音楽です。

そしてこの番組的にいえば、「村上RADIO」を担当してくれていたTOKYO FMの名物プロデューサー、延江浩さんが今年4月に他界されました。その数日前まで一緒に明るくお酒を飲んでいたのですが、突然の訃報でした。まだそんな年じゃないのに、本当にびっくりしました。心臓が弱かったんですね。
延江さんはこの番組をそもそも起ち上げ、番組スタッフを召集し、その大黒柱として精力的に奮闘してこられました。ⅮJなんてできっこないよ、と尻込みする僕を無理矢理、録音スタジオに引きずり込んだのも彼でした。まあ、その熱意は並大抵のものじゃなかったですね。いくつかの特別番組や「村上JAM」なんかも先頭に立って取り仕切ってくれました。
元気いっぱいの延江さんがいなくなって、みんな淋しい思いをしていますが、彼の遺志を継いで、というか、少しでも長くこの番組を続けていきたいものだと、スタッフ一同思っています。

みなさんもどうかお元気で、良い年をお迎えください。それではまた来年。

スタッフ後記

スタッフ後記

2025年最後の放送は、春樹さんの小説にも何度となく登場したビーチボーイズの中心人物で 、 惜しくも6月にこの世を去ったブライアン・ウィルソンの特集でした。 スタン・ゲッツもそうでしたが、春樹さんお気に入りのミュージシャンは波乱の生涯を送った人が多いようです。 その人生から得た強さと弱さがいい塩梅で混ざると美しい音楽に辿り着くという不思議。 そんな不思議と美しい音楽の数々を春樹さんが愛と慈しみをもって届けてくれる、まさに「神の創りしラジオ」です。 この「ラジオ」を少しでも長く続けていきたいと思います。(村上RADIOスタジオ・チーム)

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文藝春秋(2007年10月)文春文庫(2010年6月):音楽本ではないが、ランナーにも愛読者が多い。

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。