ビートルズの場合もそうですが、ディランも活動期間の長い人ですから、歌ってきた曲もずいぶんたくさんあって、いったい何をどのような基準で選べばいいのか、考え出すと頭が混乱してきます。だから今回は思い切って初期の作品に限定して、その中から選ぶことにしました。アルバムでいえば『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』『The Times They Are A-Changin'』『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』『Bringing It All Back Home』の4枚、その中から10曲あまりをピックアップしたのですが、それだけ範囲を絞っても選曲はむずかしい作業でした。とにかく素敵な曲が多いんですよね。いつものようにオール・カバーでお送りします。
次はアルバム「時代は変る(The Times They're A-Changin')」から2曲を聴いてください。タイトルソング「The Times They Are A-Changin'」、ジョシュア・レッドマン・カルテットのクールな演奏で聴いてください。ピアノはブラッド・メルドーです。
タイトルの「The Times They Are A-Changin'」の A-Changin'についてときどき質問を受けます。Changin'の前にA-がついているのはどうしてなのか、と。辞書的に言いますと、動名詞の前にA-がつくのは多くの場合、その動作がまさに進行の途中にあることを意味します。だから「時代は変わる」というよりは「時代はまさに変わりつつある」というニュアンスなんでしょうかね。またまた英語の授業みたいになっちゃってすみません。でもディランの歌では歌詞の細かいところがけっこう大事になってくるんです。
そして、The Bandが「One Too Many Mornings」を歌います。「One Too Many Mornings」って、とても訳しにくい表現なんだけど、「朝が結局ひとつぶん余計だったね」という感じかな。恋人とのその一夜が、彼に最終的な朝の失望をもたらしたんでしょう。おれって「ひとつだけ余計な朝」であり、そして1,000マイルも離れたところにいるんだ、とディランは歌います。The Band、もともとユニットとしてボブ・ディランのバック・バンドを務めていただけあって、しっかり筋の通った演奏になっています。
さて、次は1964年にリリースされたアルバム『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』から聴いてください。これも素晴らしいアルバムですよね。素敵な曲がいっぱい入っています。なのにアメリカの雑誌「ローリング・ストーン」のレコードガイドで「まあまあの出来」を意味する三つ星しかもらっていないのは、ちょっと気の毒な気がします。
まずはザ・バーズの演奏する「All I Really Want To Do」、そしてアラン・プライス・セットの演奏する「To Ramona」です。アラン・プライスはジ・アニマルズのオリジナル・キーボード奏者ですね。「朝日のあたる家」でのオルガン・ソロは印象的だった。彼はアニマルズを脱退してこのアラン・プライス・セットというバンドを組みました。
バーズは「ミスター・タンブリン・マン」で有名ですが、ディランの曲をポップス風に「翻訳」することで人気を得ました。ボブ・ディランとザ・ビートルズのいちばん大きな違いは、ディランは幅広い層に自分の音楽を届けるためには「翻訳」をある程度必要としたし、ビートルズはそんなものを必要としなかったということになるかもしれません。でも、そのぶんディランのコアなファン、支持者の熱意、忠誠心は実に半端ないみたいです。
それではバーズの「All I Really Want To Do」、そしてアラン・プライスの「To Ramona」。
アルバム『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』からもう2曲聴いてください。ジョーン・オズボーンとジャクソン・ブラウンがデュオで歌う「マイ・バック・ページズ」、そしてジョニー・キャッシュが歌う「It Ain't Me, Babe」。
ジョニー・キャッシュ、映画「名もなき者」にも出ていましたが、人気絶頂のばりばりのカントリー歌手であるにもかかわらず、ボブ・ディランの音楽に惚れ込んで、彼の歌を熱心に歌って世に広めました。僕は彼がサン・クエンティン刑務所における慰問ライブで歌った、ディランの「ウォンテッド・マン」がとても好きでした。この「It Ain't Me, Babe」もしっかりドスがきいていて素晴らしいですが。
「あんたは自分が倒れたら助け起こしてくれるような、強い男を求めている。あんたのためにいつも花を摘んで、呼ばれたらまっすぐ飛んでくるような男を。でもな、おれはそんな人間にはなれっこないんだよ、違うんだよ、ベイビー」。これは言うなれば究極のアンチ・ラブソングですね。
4枚目のアルバムは『Bringing It All Back Home』。このアルバムの半分はアコースティック楽器、後の半分はエレクトリック楽器で演奏されているという、まさにディランの過渡期の音楽世界になっています。
僕はこの曲、昔から好きなんです。「マギーズ・ファーム」、ソロモン・バークが歌います。「おれはもう金輪際(こんりんざい)マギーの農場では働かないぞ」という決意を述べた貧しい労働者の歌です。これは古くからあるブルーズ曲を焼き直したというか、換骨奪胎(かんこつだったい)したものらしいですが、でもディランが歌うと、歌詞のすべてがまるで何かの比喩のように聞こえます。ソロモン・バークは黒人のソウル歌手ですが、彼の声はこの曲によく合っています。かっこいいです。
次はちょっと毛色の変わったところで、ノルウェイの歌手がノルウェイ語で「ミスター・タンブリン・マン」を歌います。ノルウェイ語のタイトルは「Hei, Spellemann」、意味はわかりませんけど。
このCD、30年くらい前にオスロのレコード店で見つけて買ってきたのですが、ライナーノーツも全部ノルウェイ語で書いてあるので、細かい内容はわかりません。でも内容はなかなかユニークに充実しています。アルバムのタイトルはたぶん「ノルウェイ語のディラン」、歌っているのはオーゲ・アレクサンダーセン、バンドの名前はタラフ・ドゥ・ハイドゥークス。おそらくそう発音するんだと思います。タラフ・ドゥ・ハイドゥークスはルーマニア出身のロマ音楽を専門とするグループらしいですが、とにかく全編ディランの曲のカバーで、使われている楽器も、写真で見たところほぼすべて民族楽器です。なかなか素敵でしたね。
アルバム『Bringing It All Back Home』からもう1曲、「It's All Over Now Baby Blue」をバリー・マクガイアが歌います。バリー・マクガイアはフォークソング・グループ「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」の元メンバーで、「グリーン・グリーン」の作曲者の1人でもあります。ソロ歌手になってからは「イヴ・オブ・デストラクション」をヒットさせています。明らかにボブ・ディランの影響を受けた歌い方をする人です。模倣とまでは言いたくないけど。
それではバリー・マクガイアの歌う、「It's All Over Now Baby Blue」。しかしすごくファンキーな歌詞ですね。
1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。