MURAKAMI RADIO
POST

こんばんは。村上春樹です。
村上RADIO、今夜は「霧の中のジョニー」というタイトルで番組をお送りします。「霧の中のジョニー」っていったい何なんだ? と首をひねられる方もきっと多いことでしょう。その説明はあとにして、とにかくジョニーという名前がタイトルについた曲を、うちのレコード棚からざっくり集めてみました。これがまたけっこうたくさんあるんですよね。そういう「ジョニー・ソング」をおかけしながら、皆さんから番組あてに送られてきたメールを紹介したりします。お楽しみに。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

なぜジョニーという名前がタイトルについた曲が世の中に多いのか? まあ、それが男性にいちばん多い名前だからでしょうね。そしてなんとなく庶民的で親しみやすいということもあると思います。そのへんの普通の男の子……みたいな感じで。
ジョニーはもちろんジョンの愛称ですが、すべてのジョンさんがジョニーと呼ばれるわけではありません。たとえばジョン・F・ケネディのことをジョニーと呼ぶ人はいませんよね。彼は親しい人々には「ジャック」と呼ばれていました。ジャックもジョンの愛称のひとつです。この辺の呼び名の使い分け・棲み分けはなかなか微妙というか、面白いです。
さて、今日はどんなジョニーくんたちが登場するんでしょうね。
Johnny Remember Me
John Leyton
Johnny Remember Me
Oldays Records
最初は問題の「霧の中のジョニー」から行きます。英国人の歌手、ジョン・レイトンが歌います。1961年にリリースされたのですが、これは日本でもずいぶんヒットしました。
死んだガールフレンドの声が霧の中から聞こえてくる、という内容の歌です。彼女は「ジョニー、私のことを忘れないでね(Johnny remember me)」と遠くから彼に呼びかけてきます。うーん、ちょっと不気味かもね。それに対して彼はこう答えます。

「僕はそのうちにたぶん、君の代わりの女の子を見つけるだろう。しかしそれでも死ぬまで僕は君の声を、吹く風の中に聞き続けることだろうね」

この歌が流行った頃、僕はまだ12才だったので、そのへんの喪失感というか、心の機微(きび)まではよくわかりませんでしたが……。とにかく聴いてみてください。ジョン・レイトンの「Johnny Remember Me(霧の中のジョニー)」。ジョニーくんはまだ今でも彼女のことを覚えているのかな?

<収録中のつぶやき>
霧の中でこんな声が聞こえてきたらこわいよね。
Johnny B. Goode
Chuck Berry With Bruce Springsteen & The E-Street Band
The Best of Rock and Roll Hall of Fame + Museum Live
Time Life
しかし「ジョニー・ソング」でいちばん有名なものといえば、やはりこれでしょうね。チャック・ベリーの「ジョニー・B.グッド」。1958年にチェス・レコードからリリースされ、ロックンロールのアイコン的存在となりました。この曲はなにしろビートルズとエルヴィスとビーチボーイズ、ビッグスリーの全員にカバーされるという見事な栄誉に輝いています。今日はチャック・ベリーとブルース・スプリングスティーン、バックはEストリートバンドという超豪華、パワフルな組み合わせで聴いてください。ノリノリのライブ録音です。

メールをいただきました。かんパパさん、男性、神奈川県の方です。

<私は今年で46歳になります。結婚して、20年を迎えます。子育ても落ち着いてきて、これから妻との時間も増えるかなと思っていましたが、今はお互いに仕事がメインの生活で、2人で過ごす時間も少なく、会話も最小限です。子どもたちが巣立ったら、このまま妻も離れていってしまうのでは? と不安です。老後は妻と色々なところに旅行へ行ったりして、穏やかに過ごしたいと思っているのですが、今から妻への行動で気をつけることはありますか? アドバイスください>


はい、僕は結婚してもう55年になりますが、この質問に対する僕の答えはとても簡単です。「妻は批判するな」、この一言に尽きます。自分の意見を述べるのはもちろんかまいません。でも相手のやること、言うことはできるだけ批判しない。下手に批判すると、あとになってだいたい倍になって返ってきます。だからなにか批判したくなることがあっても、ぐっとこらえて、別のことを考えてください。たとえばこの先、カエルに生まれ変わったらどんな生活を送ろうか、とかね。なんでもいいです。そうすれば夫婦仲はだいたいうまくいきます。というか、大きく破綻はせずにすみます。もしそれでうまくいかなかったら、またお便りをください。別の方法を二人で考えましょう。
When Johnny Comes Marching Home
The Barney Kessel Quartet
Workin' Out
Contemporary Records
ジャズ・ギターの名手、バーニー・ケッセルが「ジョニーが凱旋するとき」を演奏します。「When Johnny Comes Marching Home」。南北戦争のときに北軍の兵士が歌った歌です。『Workin’ Out』というコンテンポラリーのレコードに入っているのですが、僕はこのLPを高校生のときに買いまして、ずいぶんみっちり聴き込みました。バーニー・ケッセル、まだ10代のフィル・スペクターにギターの個人教授をしていたんですね。スペクターの伝記を読んでいたらそんな話が出てきたんで、びっくりしました。

メールをいただきました。他人の空まめさん、63歳男性、埼玉県の方です。

<私は第1回放送から録音して聴いており、このたび村上RADIO専用にウォークマンを購入しました。スイッチ一つで聴けるのがとても快適です。DNPのCMも毎回一緒に聴いています。CMでありながら物語のようで、定年退職者の身ながら、生まれ変わったらDNPに就職したいな、などと思ってしまいます。ウォークマンつながりで質問です。以前、村上さんが用途別にiPodを複数台お持ちだとお話しされていましたが、iPod終売後は現在どのように音楽を聴かれているのでしょうか>


第1回からこの番組をずっと録音しておられるんだ。すごいですね。どうもありがとうございます。でもウォークマンってまだ売っているんですか。知りませんでした。
しかしDNP、大日本印刷の人たちもこれを聞いて、きっと喜んでおられると思いますよ。いつも工夫をこらした素敵なCMで、CMらしくないところがいいですよね。素晴らしいスポンサーです。いや、ほんとに。嘘とかじゃなくてね。

iPod、あらためて数えてみたら、大中小あわせて7個所有しておりまして、どれにもたっぷり各種音楽が入っています。だから製造中止になっても、今のところさして不自由は感じておりません。しかしiPodって、走りながら聴くのにはすごく便利なんですよね……。Mac関連に限らず最近、あって便利だったものが身の周りからどんどん消えていって、なくてもいいようなものが増えているような気がするんだけど、そう思いませんか。僕はそう感じるんだけど、あなたはいかがでしょう?
ジョニー・エンジェル
森山加代子
加代ちゃんのヒット・キット・パレード
ユニバーサル ミュージック
Johnny Loves Me
Shelley Fabares
The Best Of Shelley Fabares
Rhino Records
「ジョニー・エンジェル」、シェリー・フェブレーの歌で流行りましたね。この曲を聴くと、当時の空気がありありと蘇ってきます。周りの情景とか、そのときの僕の頭に浮かんでいたろくでもない考えとかね。1962年のヒットソングです。ジョニー・エンジェルという素敵な男の子に、一途に憧れる女子の歌です。他の誰かにデートに誘われても、あなたじゃなくちゃみんなお断りよ、とね。今日は森山加代子さんの日本語の歌で聴いてください。
それからシェリー・フェブレーご本人が「Johnny Loves Me」を歌います。これは「ジョニー・エンジェル」が大ヒットしたのを受けて急遽作られたと思われる必殺の続編です。作曲作詞はバリー・マンとシンシア・ワイルの最強夫婦チーム。ジョニーくんに思い焦がれていた女の子は、ここではめでたく彼と恋人の仲になっています。うまくいったんですね。よかった。

それでは2曲続けて聴いてください。「ジョニー・エンジェル」と、その続編「Johnny Loves Me」。



「負(お)うた子に教えられて浅瀬を渡る」という言葉がありますね。川を歩いて渡るとき、背負っていた小さな子どもから「そっちのほうが浅いよ」と教えられる。時には自分より劣ったものに力を借りることも必要であるというのがだいたいの意味です。僕はこの「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」というのを昔、「大きな蛸(たこ)に行く先を教えられる」ことだと思っていました。川を渡ろうとしたら道ばたに大蛸(おおだこ)がいたので、「すみません、浅瀬はどっちでしょうか」と尋ねたら、蛸は「あっちだよ」と8本の足でそれぞれに違う方向を指したものだから、やれやれ、よけいにわからなくなっちまったよ……と。つまりこれは、「どれだけ道に迷っても、蛸にだけは道を訊いてはいけないよ」という先人の大事な教えなんですね……。というのはもちろんまったくの出鱈目(でたらめ)です。
Johnny One Note
Chris Connor
A Jazz Date With Chris Connor / Chris Craft
Rhino Records
Johnny Come Lately
Jimmy Smith
Got My Mojo Workin'
Verve Records
小粋な都会派女性シンガー、クリス・コナーが「ジョニー・ワン・ノート」を歌います。ロジャーズ&ハートの名コンビが1937年に作った曲です。タイトル通り、ただひとつの音しか歌えないジョニーくんなんだけど、その単音だけで人々をノックアウトさせることができます。その声を耳にすると、ナイアガラの滝さえうっとりとして、落ちるのをぴたりとやめてしまいます。なんか不思議な内容の歌ですね。
そして「Johnny Come Lately」を聴いてください。デューク・エリントン楽団の持ち歌のひとつです。
作曲したのはエリントンの分身ともいうべき、ビリー・ストレイホーン。遅れてきたジョニーくん。Johnny Come Lately、これは英語で慣用句のようになっていまして、「遅れてやってきた新入りくん」みたいな意味で、からかい半分で使われることが多いみたいです。「おいおい、今頃やって来て、なんだよ?」みたいな。
今日はこれをオルガンのジミー・スミスの演奏でいきます。うちには「Johnny Come Lately」のレコードが見つけただけで7種類ほどあったんだけど、今回集めて聴き比べてみて、この演奏がホットで気に入りました。バックのオリバー・ネルソンのアレンジメントもいけています。
続けて聴いてください。クリス・コナーの「Johnny One Note」、そしてジミー・スミスの「Johnny Come Lately」。



またことわざの話ですが、「過ぎたるは猶(なお)及ばざるがごとし」という言葉がありますね。「やり過ぎは、やりたりないのと同じくらいまずい」という意味ですが、僕のある知り合いはこれを「杉の樽(たる)は、オヨバのザルと同じくらい役に立つ」という意味だと主張していました。
「杉の樽はわかるけど、オヨバってなんだよ?」ということになるのですが、彼の説によると、オヨバというのは秋田県のある山の中の、深い渓谷の崖下にだけ育つ特別な植物で、竹の1種なんだけど、柔らかいけれど芯が強く、おまけに加工しやすいので、これを使うととても優れたザルができるんだそうです。だから杉の樽とオヨバのザルをそろえれば、台所はもう無敵であると。ほんとかなあ?
Johnny 99
Bruce Springsteen
Nebraska
CBS/Sony
ここで今夜2度目のブルース・スプリングスティーンです。アルバム『ネブラスカ』から「ジョニー99」を聴いてください。
これは工場閉鎖で失業した労働者のジョニーが、やけを起こしてジンとワインのちゃんぽんで酔っ払い、拳銃を振り回して誤って人を殺してしまい、裁判で懲役合計99年という過酷な判決を下される歌です。
スプリングスティーンは一貫して、社会から落ちこぼれていく「持たざる人々」の悲劇と、それに対して権力が示す無情さを、音楽を通してプロテストします。彼がアルバム『ネブラスカ』を、悩みながら、さまざまなプレッシャーに耐えて制作する過程を描いた映画「孤独のハイウェイ」、地味だけど見応えありましたね。
「ジョニー99」です。



この番組は、基本的にリクエストは受け付けておりません。僕がうちにある音盤から選曲して、抱え持って半蔵門のスタジオにやってきます。アナログとCD、総合するとだいたい半々くらいですかね。僕はオールドタイマーなので、インターネットで音楽を聴くという習慣はありません。音源が目に見える形になっていないと、どうも落ち着かないから。正直、コンピュータと音楽は絡ませたくないですね。友情とセックスを絡ませないように……。
というわけでリクエストはとっておりませんが、メールは大いに歓迎します。番組に対するみなさんのご意見を聞かせてください。もし僕になにか質問があったら、遠慮なく質問してください。答えられるものであれば、音楽の合間にできるだけお答えするようにします。
この番組、毎月じゃなくて毎週やってくれというご意見がよくあるんですが、それをやっちゃうと僕の本職のほうに差し支えが出てくるので、すみませんが、よろしくご理解ください。



メールをいただきました。カンデルさん、52歳男性、千葉県の方ですね。

<先日、ある方のポストがバズっていました。内容としては、“わたしは村上春樹が好きではないのですが 「村上春樹が好きではない」と言うために村上春樹の作品を新作が出るたびに買い、もちろん読み、そして「わたしは村上春樹が好きではないです」と言っている”というものでしたが、村上さん自身はこのような購読者に関してどう思われますか>


はあ、そうですか。しかしそういう人って世間に少なからずおられるみたいですね。村上春樹は嫌いなんだけど、つい読んでしまう……。もちろん僕としては大歓迎です。僕は僕なりに小説の語り口にはやはりずいぶん気を遣っています。表現は良くないですが、読む人を「たらし込む」文章能力って、小説家には必要なんです。好かれるにせよ、嫌われるにせよね。もちろん好かれるのに越したことはありませんが。でもとにかく、読んでもらえるというのはうれしいものです。
NO IMAGE
Johnny Get Angry
Joanie Sommers
Girls, Girls, Girls, Vol. 1
Gold-Star
波乗りジョニー
桑田佳祐
波乗りジョニー
ビクターエンタテインメント
ジョニーくんにもいろんなタイプの人がいますね。遅れてくる新入りから、女子に熱く憧れられるジョニーくんまで。ジョニ・ソマーズが歌うのは、「内気なジョニー」くんです。性格温和で、うまく怒ることができないジョニーくん。いいやつなんだけど、ガールフレンドとしてはなんか物足りないんですね。「たまにはガツンと怒ってよ」と愚痴ります。英語だと「Give me the biggest lecture I ever had」となります。これまでに耳にしたこともないようなきついお説教(レクチャー)を、私に一発くらわしてよ。1962年のヒットソングですが、フェミニズムが社会的に認知された現代では、こういう男性優位の歌詞はもう出て来ないでしょうね。なんとなく懐かしいです。
それから桑田佳祐さんの歌う「波乗りジョニー」。こちらは茅ヶ崎方面のサーファー、「同じ波はもう来ない、逃がしたくない」と想いを固めるジョニーくんです。
2曲、続けて行きます。「内気なジョニー」と「波乗りジョニー」
Two Degrees East, Three Degrees West
Jim Hall
Three Classic Albums Plus (Leader & Sideman)
Avid Entertainment
今夜のクロージング音楽はピアニスト、ジョン・ルイスの作ったクールなブルーズ「二度東、三度西」です。アルトサックスはポール・デズモンド、ギターはジム・ホール。
今月の言葉は小説家・色川武大(いろかわ・たけひろ)さん――色川ブダイさんのエッセイ集『怪しい来客簿』にあった文章です。

<私が関東平野で育ったせいであろうか、地面というのは平らなものだと思ってしまっているようなところがある。まず、地面は平らであって。人はその平らなところに両足で立っているのだと。したがって山というものが、怖い。どうしてああなのか、納得がいかない>

確かに人には、生まれ育った土地の地形によって性格が固定されちゃう傾向があるようですね。「山に納得がいかない」というのはいささか極端なような気もしますが。
僕は色川さんとは反対に、阪神間(はんしんかん)という海と山に挟まれた狭い帯状の土地で育ったもので、平らな土地がわりに怖いです。18歳のときに東京に出てきて、中央線で荻窪あたりを走っていて「へえ、世の中にはこんな真っ平らな広い土地があるんだ」と驚愕し、怯えさえ感じました。ひどいところにきちゃったなあ、とね。今は神奈川県の前が海、後ろが山という土地に暮らしています。おかげでほっと落ち着きます。あなたは如何でしょうか?

色川さんとは一度お目にかかったことがあります。僕が『風の歌を聴け』という処女作で作家デビューして、芥川賞の候補になったけどとれなかったとき、僕が経営していた千駄ヶ谷のジャズの店に見えたんです。ジャズがお好きだったんですね。そして僕に「君ねえ、大きな賞を取るには、僕くらい禿(は)げてこないとだめなんだよ」とおっしゃいました。慰めていただいたというか。僕は「はあ、そうですか」と返事したんだけど、なかなか心優しい方でした。僕も年齢を重ねて、いくぶん髪の量も減りましたが、幸か不幸か、色川さんの域にはまだまだ達しておりません。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

今回の「村上RADIO」は、ジョニー・ソング特集。 この特集でジョニー君にもいろんなタイプがいることを知り、英語圏における市井の人々の生活を知ることができます。 筆者は若い頃、なぜか愛称で「ジョニー」と呼ばれて名刺にミドル・ネームでジョニーと入れていたことがあります。十人十色、あなたはどのジョニーでしたでしょうか?? すべてがグッドなジョニーとはいかないようですね……。(「村上RADIO」スタジオ・チーム)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。