MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今夜は「アナログ・レコードで、ジャズのちょっとこのあたりを…」の2回目です。今回は「ご存じですか、このジャズ・ピアニストたち」というラインで選曲しました。
普段あまり耳にする機会のない、しかししっかり実力のあるジャズ・ピアニストたちの演奏を聴いてください。どれも僕が長年愛好してきたトラックです。今夜はすべてアナログ・レコード、それもオリジナルの原盤でお聴かせします。秘蔵の名盤というほどのものではありませんが、とにかく古いことは古い音盤(おんばん)を、うちから持ってきました。じんわりお楽しみください。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

ジャズを聴く、というか音楽を聴く歓びのひとつに、それほど有名ではないミュージシャン、演奏家を贔屓(ひいき)にするという聴き方があります。僕ももちろん、そういう贔屓のミュージシャンを何人か抱え持ってきました。今で言う「推し」みたいなものですね。まあ「推し」って言いましても、SNSなんかで拡散するわけではなく、1人で個人的にちんまりと応援しているだけなんですけど、それでもそういう個人的「思い入れ」みたいなことをやっているうちに、音楽と向かい合う自前の感性が少しずつ成長して、深まってきたような気がします。思い入れ、けっこう大事です。
My Funny Valentine
The Chris Anderson Trio
Inverted Image
Jazzland
まず最初はクリス・アンダーソンです。えっ、そんな名前聞いたこともないよ、という方も多いのではないかと思います。1940年代から60年代にかけて活動したシカゴ出身の黒人ピアニストで、チャーリー・パーカーやクリフォード・ブラウンなんかとも共演した実力派なんですが、いくぶん派手さに欠ける独特の演奏スタイルと、全盲(目がまったく見えなかったんですね)というハンディキャップもあって、あまり表に出てくることがなく、一般的な人気を博することはありませんでした。知る人ぞ知るという感じだったんです。
しかし若き日のハービー・ハンコックが彼の演奏スタイルを敬愛し、強い影響を受けたと言い続けたことで、名を知られるようになりました。あえて無難なスイングに持って行かない、クリスプで知的なタッチがこの人のピアノの特徴です。伴奏はベースのビル・リー、ドラムズのウォルター・パーキンズ、地元シカゴの手堅い演奏者たちですね。
1961年の録音、ジャズランド・レコードの『Inverted Image』というアルバムに収録されている「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を聴いてください。
Serenata
Jack Wilson
Something Personal
Blue Note
ジャック・ウィルソンは昔から僕が贔屓にしてきた人です。黒人なんだけど、ヘヴィーなタイプのジャズ・ピアニストじゃなく、軽快にスイングするのが特徴です。しかし趣味がいいんですよね。しつこくもなく、おもねりもしない。ジャック・ウィルソン・カルテットの演奏する「セレナータ」、ヴァイブラフォンはロイ・エアーズです。

これは以前「ジャズ・ヴォーカル特集」で、ロレツ・アレクサンドリアのレコードをかけたときにも紹介したエピソードなんですが、かなり以前のことなんで、もう1回話しますね。40年以上前のことですが、ウィルソンは歌手ロレツ・アレクサンドリアの伴奏ピアニストとして来日したことがあります。銀座のジャズ・クラブに出演していまして、僕は聴きにいきました。そして休憩時間にウィルソンさんに、持参した5枚くらいのレコードにサインしてもらったんですが、それを横で見ていたロレツが見る見る不機嫌になりまして、「なんで伴奏ピアニストがあんなにサインを求められて、あたしが求められないのよ」みたいなことを言い出したものですから、「これはまずい」と僕も思い、すぐうちに電話をして、ロレツのレコードを何枚か銀座まで持ってきてもらいました。そしてサインしてもらいました。そうしたらロレツさんもにこにこと機嫌を直して、事なきを得ました。というわけで、うちにはロレツ・アレクサンドリアとジャック・ウィルソンのサイン入りレコードが結構たくさん揃っています。もうどちらも亡くなってしまいましたけどね。
Round Midnight
Richard Twardzik
The Last Set
Pacific Jazz
リチャード・ツワージクもあまり、というかほとんど名前を知られていない白人ジャズ・ピアニストです。チャーリー・パーカーやチェト・ベイカーとも共演したことのある才能溢れる有望新人だったんですが、惜しいことに、ヘロインの過剰摂取でまだ24歳の若さで世を去ってしまいました。だからレコードを吹き込むような時間の余裕もほとんどなかったんです。レニー・トリスターノやセロニアス・モンクから影響を受けたと思われる大胆な、ちょっと尖った演奏スタイルが、不思議な独特の説得力を持っていました。しかしヘロイン、怖いですね。この時代のジャズ・ミュージシャンには、ヘロインで若死にした人がほんとに多いんです。みなさんもどうかハードドラッグには手を出さないようにしてくださいね。
リチャード・ツワージクの演奏するセロニアス・モンクの名曲「ラウンド・ミッドナイト」を聴いてください。
NO IMAGE
De Sålde Sina Hemman
Jan Johansson
8 Bitar
Megafon
次はスウェーデンのジャズ・ピアニスト、ヤン・ヨハンソンです。1931年に生まれ、1968年に37歳の若さで亡くなっています。彼の演奏するスウェーデンの古い民謡「De sålde sina hämman」を聴いてください。このレコードのライナーノート、全部スウェーデン語なんで、何が書いてあるか読めないんです。曲名の発音も確かではないので、スウェーデン人の知り合いに問い合わせてみました。これはスウェーデンでは「アメリカン・ソング」としてよく知られている歌で、19世紀末にアメリカに移民として渡っていった、貧しい農民たちの哀しみを歌ったものなのだそうです。
僕はこのLPはストックホルムの中古レコード屋さんで見つけて買ったんですが、なかなか内容がいいんです、これが。ストックホルムには素敵な中古レコード屋がたくさんありますが、その話を始めると長くなっちゃうので、またいつか話しますね。
聴いてください。ヤン・ヨハンソンの演奏する「De sålde sina hämman」。
Wait 'Til You See Her
Don Friedman Trio
Flashback
Riverside Records
ドン・フリードマンは1960年代には、ビル・エヴァンズと並び称された白人ピアニストのトップ・ランナーでしたが、エヴァンズのように幅広い人気を獲得することはできませんでした。彼のとくに初期の演奏にはぴりっと硬質な、いくぶん冷ややかなリリシズムが鮮やかに漂っていて、日本のジャズ喫茶なんかでも評価が高かったんですけど、そのあとはなぜか今ひとつ盛り上がりませんでした。自分のスタイルが定まりすぎていて、1960年代後半から始まった新しいジャズの流れにうまくシフトできなかったんでしょうね。
1980年代に、彼が歌手のナンシー・ハーロウの伴奏ピアニストとして来日したとき、僕は横浜の小さなジャズ・クラブに聴きに行ったのですが、「なんかずいぶん穏やかなピアノになったなあ」という印象を受けました。かつての先鋭性みたいのは感じられなかった。まあ、伴奏ピアニストという立場もあって、おとなしくやっていたのかもしれませんけどね。僕はそのときハーロウさんと話をして仲良くなり、そのあとメールのやり取りなんかもしていました。ハーロウさん、味のある素敵なジャズ歌手です。
ドン・フリードマンの初期のアルバム『Flashback』から「Wait 'Til You See Her」を聴いてください。「まあ、彼女に会ってみてよ」。さっきかけた「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」と同じく、ロジャーズ&ハートの名曲です。
Billy Boy
Ahmad Jamal Trio
Jamal At The Pershing Volume Two
Argo
アーマッド・ジャマルのピアノを聴いてください。ジャマルは1930年生まれ、1950年代から主にピアノ・トリオのフォーマットで、シカゴを本拠地として活躍し、2023年に92歳で亡くなっています。僕は2000年前後に一度、ボストンのジャズ・クラブで彼の演奏を聴いたことがあります。生で聴くとけっこうスケールの大きな演奏なんだなと感心したことを覚えています。
ジャマルは1960年代に入って四年ばかり演奏活動を中断しますが、そのあとジャズ・シーンに復帰したとき、その演奏スタイルはかなり大きく変化を遂げていました。モダンになったというかね。ビル・エヴァンズやらハービー・ハンコックといった新しく台頭してきたピアニストたちの影響をしっかり受けとめたんですね。この変化を遂げたあとのジャマルもなかなか聴きごたえがあるんですけど、今日は1950年代の彼の演奏を聴いてください。
とてもシンプルな音遣いの、独特のスタイルの演奏です。マイルズ・デイヴィスはジャマルの熱烈なファンでした。マイルズは音を節約して使う演奏家が好みで、オスカー・ピーターソンのような音の多いピアニストは苦手だったみたいです。実際に共演したこともないみたいだしね。
それではアーマッド・ジャマル・トリオの演奏を聴いてください。「ビリー・ボーイ」、1958年7月、シカゴのジャズ・クラブでのライブ録音です。
Carole's Waltz
Denny Zeitlin
Shining Hour - Live At The Trident
Columbia
次はデニー・ザイトリンです。今日はなんか白人ピアニストが多いですね。すみません。わざとじゃなくて、マイナー方面っていうか、渋めのピアノ弾きを中心に集めてみたら、結果的に白人が多くなっちゃったんです。

デニー・ザイトリンさんは本職が精神科医でして、傍(かたわ)らにジャズ・ピアニストをやっておられたんですが、精神科医としてもずいぶん優秀だったようで、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で教授をつとめておられました。ジャズマンか精神科医か、どっちが本職かよくわかりません。そんな経歴からしてもソウルフルな黒っぽいピアノ、とはいきませんが、インテリジェントで、それでいて鋭いジャズ・スピリットに溢れた、生きの良い演奏を聴かせてくれます。この方も現在88歳でご健在のようです。
僕はこの『Shining Hour - Live At The Trident』という、コロンビア・レコードから1966年にリリースされたライブ・アルバムを高校時代に買い求めまして、愛聴しました。彼の作曲した美しいオリジナル曲「キャロルズ・ワルツ」を聴いてください。10代の僕はこの曲でこの人のファンになりました。
Morning Dream
Bill Crow,Hiroshi Yamazaki,John Cutrone
You And The Night And The Music
Bacchus Records
今日これまでおかけしたのはすべてアナログ・レコードでしたが、これだけCDになります。CDでしかリリースされていないので、すみません。ベーシストのビル・クロウさんがリーダー格のピアノ・トリオです。正式にはCooperative Trio、つまり三人平等、共同運営のグループなのですが、キャリアから言ってやはりビルさんが実質的リーダーでしょうね。ニューヨークで活動しているワーキング・バンド、ピアノは日本人のヤマザキ・ヒロシさん。彼のオリジナル曲「Morning Dream」を聴いてください。とても美しいバラードです。

クロウさんとは去年の年末にニューヨークで会って、マンハッタンのイタリア料理店で一緒に食事をしたのですが、もう98歳なのにとてもお元気で、驚かされました。今でも現役で、自分のバンドを持って、ニューヨークのジャズ・クラブで活発に演奏しておられます。食欲も旺盛で、そのあと自分で車を運転してトンネルを抜け、ニュージャージーの自宅まで帰って行かれました。大丈夫かなあと思ったんだけど、無事だったみたいです。

そのときにクロウさんからいただいたのがこのCDでした。CDのタイトルは『You And The Night And The Music』。それからなんと『Bill Crow Sings』というCDも出していて、「生まれて初めての歌手としてのアルバムなんだよ」と仰っていました。これ、なかなかかっこいいので、そのうちこの番組でおかけしますね。

それでは聴いてください。「Morning Dream」
Serenata
Earl Klugh
Naked Guitar
Koch Records
今日のクロージングの音楽はアール・クルーがアコースティック・ギターで演奏する「セレナータ」です。この曲、さっきジャック・ウィルソンが演奏していましたよね。こちらの演奏もなかなか聴かせます。
  


さて、今回は本のプレゼントがあります。僕の新刊『夏帆 The Tale of KAHO』が7月3日(金)に発売されます。僕の3年ぶりの長編小説です。頑張って書きました。もしよかったら読んでください。
この本を10名の方に差し上げます。サインを入れてお送りします。番組の感想とか村上に相談したいこととか、そういうことを書いて応募してください。郵便番号、住所、お名前、電話番号を忘れずに書いてくださいね。本が送れませんから。
さて、今日の言葉は、宮澤賢治さんです。彼の詩集『春と修羅(しゅら)』に収められた詩の中にこんな一節があります。

ぜんたい馬の眼のなかには
複雑なレンズがあって
けしきやみんな
へんにうるんでいびつにみえる……

これが果たして生物学的に正しい見解なのかどうか、僕にはわかりかねますが、この詩を読んで以来、どこかで馬を見かける度に、「ああ、あの眼のなかには複雑なレンズが入っていて、景色がみんなうるんでいびつに見えるんだなあ」と思いなすようになりました。詩の言葉って場合によっては、不思議に永続きする力を持つみたいです。
しかし馬の目には、いったいどんな風に世界がうるんでいびつに見えるんでしょうね?
馬さんにちょっと訊いてみたいところです。

ぜんたい馬の眼のなかには
複雑なレンズがあって
けしきやみんな
へんにうるんでいびつにみえる……ひひ~ん

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

今月は、ジャズ好きにはたまらないシブい選曲とともに、村上さんがじかに聴いたライブ演奏やジャズ・ミュージシャンとのエピソードがさりげなく語られています。ボストンで聴いたアーマッド・ジャマル、横浜の小さなクラブで会った歌手ナンシー・ハーロウ、銀座のジャズ・クラブでのロレツ・アレクサンドリアとジャック・ウィルソン、そしてベーシストにしてジャズ・エッセイの名手ビル・クロウとの親交……。村上さんの「ジャズと人生」をじんわり感じた夜でした。(「村上RADIO」スタジオ・チーム)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。