MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今夜は「ひと味違う楽器でほっこりとジャズを」というタイトルでお送りします。
普段あまり使われることのない楽器でジャズを演奏する人たちを取り上げます。世の中にはいろんな楽器があるもんだなあと、感心しちゃいます。残念ながら僕は何ひとつ満足に演奏できませんが。しかし「ひと味違う楽器」でジャズを演奏すると、なんか不思議に音楽がほっこりしちゃうんです。どうしてだろう? うちにあるそんな「ほっこり系音盤」を集めてみました。どんなものか、ちょっと耳を傾けてみてください。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

東京都の58歳男性の方からメールをいただきました。お名前は「男の美学」となっています。なかなか気合いの入ったラジオネームですね。

「いつも楽しく聴いています。番組が始まった当初は、長編小説の執筆に入ったら、番組は終わっちゃうのかな、と心配していたのですが、そんなこともなく7年以上も続いており、嬉しい限りです。今夜もラジオ楽しみにしています」


ありがとうございます。そうか、考えてみれば、この番組はもう7年も続いているんですね。知らないうちに月日が経ってしまいました。

はい、長編小説を書きながらも、この番組は欠かさず続けてきました。というか、番組をちゃんとやっているほうが、気分転換になっていいんです。外の世界とつながっているんだ、という実感が湧いてきますから。
つながっていますよね? つながりましょう。
Zorba The Greek
Phil Woods featuring Iordanis Tsomidis
Greek Cooking
Impulse!
ひと味違う楽器、まずはブズーキから行きます。ブズーキはご存じですか? マンドリンに似た形をしたギリシャの民族楽器です。独特の音色を持っているので、ちょっとお聴きになれば、「ああ、あれか」とお分かりになるのではないでしょうか?
1960年代に『日曜はダメよ』とか『その男ゾルバ』といった、ギリシャを舞台にした優れた映画が公開され、そのどちらも、主題歌にはブズーキが印象的にフィーチャーされていました。
ジャズでブズーキが使われたことはまずないのですが、アルトサックス奏者、フィル・ウッズが、イオルダニス・ツォミディスさんというブズーキ奏者を迎えて『Greek Cooking』というアルバムを1967年に制作しています。曲はおなじみ『その男ゾルバ』のテーマです。Zorba The Greek、インパルス・レコード、アナログ盤でおかけします。
Eight Miles High
Rufus Harley
King / Queens
Atlantic
次はバグパイプです。スコットランドの兵隊がキルトをはいて吹いている、例のやつです。そんなものでジャズが演奏できるのか? と首をひねられるかもしれませんが、ちゃんとできちゃうんです。演奏しているルーファス・ハーレイさんは黒人のバグパイプ・プレイヤーで、何枚かアルバムを出しています。
彼はフィラデルフィアの貧しい地区で育ったのですが、1963年にジョン・F・ケネディの葬儀の行列で、バグパイプが演奏されるのを聴いて、その音に取りつかれました。そして苦労して楽器を手に入れ、周りのみんなに迷惑がられながらも練習を重ねて、ジャズ・バグパイプという新しい分野を開拓しました。
聴いてください。「霧の8マイル(Eight Miles High)」、バーズのヒット曲ですね。バックはエリック・ゲイル、リチャード・ティー、チャック・レイニーといった豪華な顔ぶれです。
ハーレイさんがアパートの部屋で練習していると、近所から「うるさい!」と苦情が出て、警官が来たので、ハーレイさんは楽器を隠して「黒人がバグパイプなんか吹きますか?」と言ったそう。そうしたら警察も「そうだよな……」と言って帰っていった、という逸話が書いてありました(笑)。
Do You Know The Way To San Jose?
Wei Wei Wuu
Wei Wei Wuu Plays Burt Bacharach
Warner Music Japan
次は二胡(にこ)です。二胡、ご存じですか? 中国の伝統的な楽器で、2本の弦を弓で弾きます。胴の部分が六角形になっています。独特の音色を持つ楽器ですね。悠久の時の流れを思わせるような趣(おもむ)きがあります。名手、ウェイウェイ・ウーさんがバート・バカラックの「サン・ホセへの道」を演奏します。

Do You Know The Way To San Jose?

バカラックと二胡、これが不思議に合っちゃうんです。
NO IMAGE
Bluesology
Leonard Feather's West Coast Jazzmen
Swingin' On The Vibories
東芝EMI
次なる楽器はヴァイボリーズです。といっても、ヴァイボリーズというのがどんな楽器なのかご存じの方はほとんどおられないと思います。簡単に言ってしまえば、ヴァイブラフォンを鍵盤で弾けるように改造したのがヴァイボリーズです。ヴァイブとピアノのアイボリー(象牙の鍵盤)を組み合わせた造語ですね。
作った本人は「これは画期的な新楽器だ!」と思ったのでしょうが、残念ながら一般的にはまったく普及しませんでした。しかし、ただ1枚、このヴァイボリーズを全面的にフィーチャーしたアルバムが作られました。珍品といえば珍品なんですが、演奏者の顔ぶれが素晴らしいんです。
今日おかけする「ブルーソロジー」では、なんとケニー・ドリューがヴァイボリーズを演奏し、そのバックでソニー・クラークがピアノを弾くという超豪華な組み合わせが実現しています。アナログ盤で聴いてください。これ、CD化はされていないと思います。曲はミルト・ジャクソンが作曲したブルーズの名曲、「ブルーソロジー」です。
NO IMAGE
Midnight In Moscow
The Ukulele Orchestra Of Great Britain
The Ukulele Variations
CBS/Sony
昨今はジェイク・シマブクロさんなどの活躍で、ウクレレでジャズをやるのは別に珍しいことではなくなってしまいましたが、少し前まではジャズの世界ではウクレレは「ちょっと風変わりな楽器」みたいに扱われていました。ライル・リッツという人がジャズ・ウクレレ奏者として有名でしたが、ウクレレだけでは食べていけなかったんでしょうね。半分はベース奏者として活躍し、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』なんかでもウッドベースを弾いていました。ダブルベースとウクレレ、ずいぶん大きさが違いますが。
今日はイギリスで組織された「ウクレレ・オーケストラ・オブ・グレート・ブリテン」というユニークなバンドの演奏を聴いてください。英国のウクレレ奏者たちがたくさん集まって、みんなでウクレレを弾いて歌います。
かなり盛り上がります。「モスコーの夜は更けて」。
Paul's Pal
The Ray Draper Quintet Featuring John Coltrane
The Ray Draper Quintet Featuring John Coltrane
New Jazz
チューバという楽器は、初期のジャズの世界ではポピュラーな楽器だったんです。当時はアンプリファイアが存在しなかったので、ウッドベースでは低音(ベースノート)を大きく響かせることができず、チューバがその代わりを務めていました。チューバは肺活量さえあれば、思い切り大きな音を出すことができますからね。それから戸外(こがい)を行進するときなんかも、ウッドベースを抱えて歩きながら演奏することはできませんものね。
しかし、やがてバップの時代に入り、ベースがだんだん大きな音を出せるようになってきて、チューバは「不格好な時代遅れの楽器」として、ジャズの世界から次第に姿を消していくことになりました。とはいえ、チューバという楽器に魅せられて、専門に演奏したミュージシャンも少しはいました。レイ・ドレイパーさんもその1人です。
盟友ジョン・コルトレーンと共演した「ポールズ・パル」を聴いてください。1957年の演奏ですが、このときドレイパーさんはまだ弱冠16歳でした。彼はその後、麻薬を使用した罪で刑務所に入れられ、チューバ奏者としての音楽生命はいったん断たれます。そしてジャズ・シーンから長く姿を消してしまいます。

プレスティッジのオリジナル・アナログ盤で聴いてください。「ポールズ・パル」。
East Of The River Nile
Monty Alexander With Special Guest Ernest Ranglin
Rocksteady
Telarc
次なる楽器はメロディカです。別名「ピアニカ」、どちらもメーカーの付けた商標みたいで、一般的な名称は「鍵盤ハーモニカ」というんだそうです。縦笛なんかと同じで、子どもが簡単に扱える楽器、みたいな印象が強いですが、表現力が意外に豊かで、大人が演奏してもなかなか聴きごたえあります。とはいえ、実際にこの楽器を使っているジャズ演奏家は数少ないですが……。今日はジャズ・ピアニスト、モンティ・アレキサンダーさんがメロディカを演奏する「East Of The River Nile(ナイル川の東)」を聴いてください。ギターはアーネスト・ラングリンです。
I Want To Be Happy
Bud Shank / Bob Cooper
Flute 'N Oboe
Pacific Jazz
オーボエはクラシックの世界ではごく普通の見慣れた楽器ですが、ジャズの世界でオーボエを吹く人はとても数少ないです。どうしてかは知りません。たぶん技術的な面で、ジャズのフレージングに向いていなかったのだろうなと思います。扱いの難しい楽器だと聞いています。
でもオーボエ、独特の奥深い音色を持っていて、僕の好きな楽器の1つです。
今日はボブ・クーパーがオーボエを吹いて、バド・シャンクのフルートと共演した『Flute 'N Oboe』というアルバムから聴いてください。クーパーの本職はテナー・サックス、シャンクの本職はアルトサックスですが、ここでは2人はオーボエとフルートという副業に精を出しています。しかし、この2つの楽器の組み合わせ、音がとても魅力的なんです。どことなくミステリアスで。
演奏する曲は「I Want To Be Happy(幸せになりたい)」です。これもオリジナル・アナログ盤で聴いてください。
But Beautiful
Ray Brown
Jazz Cello
Verve Records
チェロももちろん、クラシック音楽ではごく普通に、当たり前に使われている楽器ですが、ジャズの世界では長い間ほとんど使われていませんでした。チェロを最初にジャズの世界に持ち込んだのは、バップ時代のベースの名手、オスカー・ペティフォードだと思います。
彼は野球をしていて腕を痛め、しばらくベースが弾けなくなってしまいました。それでベースほど強い力を必要としないチェロを、副業として演奏するようになったということです。
レイ・ブラウンもチェロの名人です。彼が演奏する「バット・ビューティフル」を聴いてください。チェロのピッツィカート、なんか温かくて、ほっこりしますよね。
ここでお知らせです。久しぶりですが、村上RADIOの公開録音をやります。
テーマは「音楽で仮定法を学ぶ」です。英語の仮定法って難しいんですけど、これをやさしく解き明かします。翻訳家の柴田元幸さんと、音楽を聴きながら、洋楽の歌詞とか翻訳の面白さについて、いろいろ話します。
日程は10月1日(木)。会場は早稲田大学の小野記念講堂です。
この公開録音に番組リスナーを招待します。ご希望の方は、村上RADIOの番組サイトにある応募フォームから応募してくださいね。
応募フォームはこちら https://www.tfm.co.jp/f/murakamiradio/form_20261001
Bye Bye Blackbird
The Art Van Damme Quintet With Johnny Smith
Accordion A La Mode / A Perfect Match
Collectables
今日のクロージング音楽は、アコーディオンのアート・ヴァン・ダムが演奏する「バイバイ・ブラックバード」です。共演するギターはジョニー・スミス。アコーディオンも、ハーモニカと並んで、ジャズ界では長年にわたって冷遇されてきた楽器でした。
さて、今日おかけした以外にも、テルミンとかメローフォンとかフレンチホルンとかスティールパンとかカズーとか、いろんな「一風変わった楽器」がたくさんあるんですが、残念ながら時間の関係でおかけすることができませんでした。



熊本のみなさん、酷暑の中、今も厳しい毎日を送っておられることと思います。僕は10年前に地震の少しあとで熊本を訪れ、大きな被害を目の当たりにしました。そんなひどいことが再び起こるなんて、本当にたまらない気持ちです。どうかお元気でお過ごしください。及ばずながら応援しております。



さて今月の言葉は、僕が日頃愛用している「リーダーズ英和辞典」からの引用です。この辞書は例文になかなか面白いものがあって、ちょこっとメモしておくことがよくあります。
これは“index”という単語のところに出てきた例文です。index、本の索引なんかの意味にも使われますが、要するに、何かの全体を表示するもの、ということです。指標、指針という訳語が当てられることもあります。その例文はこういうものです。

Style is an index of the mind.
「文体は心の鏡である」という訳がついていました。

その人の書いた文章を見れば、その人の心の内が分かる、ということです。書かれた中身ももちろん重要だけど、それよりも文体そのものがすでにその人をもの語っているのだ、ということなんでしょうね。それは本当にそのとおりだと、僕も思います。僕はもう50年近く小説を書いていますが、若い頃と今とでは、文体ががらっと違っています。うーん、文体って生き方に合わせて変化していくものなんですね。まるで生き物のように。

みなさんもどうか美しい生き方をして、美しい文章を書いてください。

Style is an index of the mind.
文体は心の鏡である。

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

「ひと味違う楽器でほっこりとジャズを」。お楽しみいただけましたでしょうか。今回は番組公開録音のお知らせがありましたね。村上春樹さんと柴田元幸さんによる音楽と翻訳談義の第二弾です。翻訳の面白さ難しさを、村上さんと柴田さんがやさしく楽しく語り尽くします。この公開録音に番組リスナーをご招待いたします。応募フォームからご応募ください。会場でお会いできるのを、スタッフ一同、楽しみにお待ちしています!(村上さんと柴田さんの翻訳談義、第一弾を聴き逃した方はこちらをチェックしてくださいね。)
リンク先はこちら https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/index_20240128.html(「村上RADIO」スタジオ・チーム)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。