MURAKAMI RADIO
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こんばんは、村上春樹です。村上RADIO、今夜はリスナーのみなさんから寄せられたメールを読みながら、例によって僕がうちから持ってきた好きな音楽をぱらぱらとかけていきます。
この番組はリクエストも原則としてとらないし、メールもあまり読まないので、その罪滅ぼしにというか、ときどきこういう回を設けております。たくさんメールをいただきながら、ほんの少ししかお答えできなくて申し訳ないんですけど、僕も限りある身ですので、どうかお許しください……、みたいなことを言っておりますが。

<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」

海賊・髭次郎さんからメールをいただきました。海賊・髭次郎、30年くらい前にホームページをやっているときに僕が差し上げたネームです。懐かしいですね。当時はコードネームと呼んでいました。そうですか、まだ今でも使っていただいているんですね。ありがとうございます。

「僕には中学3年生の息子がいますが、今学校に行けてないんです。僕にはなかなか心の内を話してくれません。自分の中にある気持ちを言葉にするって、簡単なことではないと思うんですが……」


そうですか、30年も経つとお互い、人生の悩みもいろいろ増えてきますよね。若いころはもっと気楽だったんですけどね。中学3年生、その年ごろの僕は、クラスの女の子に会うのが楽しみで、毎日けっこう心愉しく学校に通っておりました。とくに難しいことは考えなかったなあ。お気楽だったんです。あまりあなたの息子さんの参考にはならないですね。すみません。
Kitty
The Presidents Of The United States Of America
The Presidents Of The United States Of America
Columbia
大阪府ハービーパンさん(60歳男性)から飼い猫に関するメールをいただきました。

「生後4ヵ月になる猫が、毎朝3時半になると、私の左耳をチャパチャパ吸う儀式を始めます。温かい鼻息付きで。前の猫は5時になると『ご飯くれー』と私の顔をむぎゅーと押さえるタイプでしたが、今回はよりピンポイントで攻めてきます」


あ、そうですか、なかなか可愛い猫さんですね。僕が昔一緒に暮らしていた雄猫は、明け方になると腹を空かせて凶暴になり、僕の顔をがりがりひっかいて、ときには血だらけになったりしました。それに比べると鼻息くらい、まあ我慢していいのではないでしょうか?
「The Presidents Of The United States Of America」という変わった名前のバンドが演奏する「Kitty」を聴いてください。猫ちゃんの歌です。
Every Time You Go Away
George Benson & Al Jarreau
Givin' It Up
Concord Records
左利きの方からのお便りです。虚無猫さん(64歳女性)、青森県の方です。

「私は左利きなのですが、これまで右利き用のハサミを使い続けてきたので、左利き用のハサミを使うと、切りたいところがわずかにずれてしまい、どうしても馴染めません。せっかく世間の方が、左利きに気を遣って作ってくれたのに、です」


そうですか、左利き用のハサミなんてのがあるんだ。知りませんでした。でも世界はおおむね右利き用に作られているので、ハサミに限らず、何かと不便なことはあるでしょうね。僕も昔、右手を怪我して使えなくなったとき、あちこちで不便な経験をしました。
一度、坂本龍一さんと隣り合って食事をしたことがあるのですが、彼は左利きで、僕は右利きなので、お箸を持つ手の肘と肘がことあるごとにごつんとごつんとぶつかり合って、しょっちゅう「あ、すみません」と謝り合っていたような気がします。かなりフィジカルな思い出になっていますが。

George BensonとAl Jarreauが歌います。「Every Time You Go Away」。懐かしいですね。
The Cha-cha-cha
Bobby Rydell
The Best Of Bobby Rydell (Cameo Parkway 1959-1964)
ABKCO
米食bakerさんからのメールです。お米を食べるパン屋さん、なんですかね? よくわかんないけど、42歳男性、栃木県の方です。

「こんにちは。いつも夫婦2人で楽しく聴いております。村上さんに相談です。私たちは訳あって大阪から栃木県に移住したのですが、どうしても関西出身者として、コミュニケーションにおいて馴染めないところがあります。例を挙げるなら、誰も笑ってないところで自分だけ笑ってしまう。怒ってないのに怒っていると言われる、などです。同じ関西出身者として村上さんは、関東で生き抜くにおいて、気をつけておられたことはございますでしょうか?」


はあ、そうですか。そうですよね、生粋の大阪人が北関東で生きていくのは、何かとご苦労が多いことでしょう。「逆もまた真であろう」という気もしますけど。
僕も関西生まれの関西育ちなので、東京に出てきて文化的に戸惑うことはいろいろありました。とくにユーモアの感覚というのは、関西はちょっと特殊なんですね。関西にはとりあえず「人を笑わせないとうまくやっていけない」という風土があります。
関西弁で言うと「笑かす」ということですね。僕も小説を書きながら、そういう気質を自分の中に感じることもあります。ついなんかちょっと笑えることを書いてしまうんです。時には笑うべきじゃないところでもね。
今更そういう気質を変更するのは無理でしょうから、いっそ開き直って「もっと笑かしたろか」と思って生きていくしかないんじゃないかな。逆に「怒りっぽい人だ」と思われたりするかもしれませんが。
Bobby Rydellの「The Cha-cha-cha」を聴いてください。ボビー・ライデルといえば「Forget Him」だろうというのが通り相場ですが、僕はこの曲がけっこう好きなんです。
April In Paris
The Modernaires
Singin' And Swingin'
Varèse Sarabande
ルナままさん、東京都の93歳の女性からメールをいただきました。今回いただいたメールの中では最高齢の方になります。

「毎回楽しく聴かせていただいております。ジャズからクラシックまで様々なジャンルの音楽を、今では入手困難なモノラル盤までを交えて、柔らかい村上様のお声と、わかりやすい語り口で、本当に至福の時間です。93歳の私には自分の来し方を振り返る時間でもあります。命ある限り聴きます」


はい、お褒めにあずかりまして、痛み入ります。そう言われると、僕も命ある限り頑張ってこの番組を続けなくてはいけないという気持ちになりますね。がんばりましょう、猫山さん(ニャア)。

もう1通、こちらは打って変わって悩める19歳の青年からのメールです。京都府の「あらら」さん。

「バイト先で嫌なことがありました。帰り道に『村上RADIO』を聴きました。僕は傷つきやすく、繊細で多感な青年です。村上さんは10代の時、どうやって精神的な痛みに向き合っていましたか?」


はい、僕も10代の頃はちゃんと傷つきやすい多感な青年でした。ほんとに。まあその年代、いろいろつらいことはあります。よくわかります。でも頑張って耐えて生きていれば、そしてうまくいけば、そのうちにそれほど傷つかない、それほど多感でもない、普通のおじさんになれます。そんな日々を楽しみにしていてください。
モダン・コーラス・グループの草分け、モダネアーズが歌います。『パリの四月』。カウント・ベイシーのこの曲の、名高いアレンジをそっくりなぞっています。
Carta Ao Tom 74
Vinicius De Moraes
Millennium
Mercury
ぴょんこさん、東京都にお住まいの57歳女性です。

「本を読むのは好きですが、文章を書くのが難しくて、日記を書きたい、読書メモを書きたいと思い続けて、まだかないません。自分の思いを文字にするコツを教えてください」


うーん、いい文章を書くコツを「はい、いいですよ。どうぞ」と教えてあげられるといいんですが、正直なところ、教えようがないんです。僕は半世紀近くプロとして文章を書いてきて、それなりにものを書くことに上達してきたとは思うんだけど、「最初の頃の作品がいちばん良かった」と言われることも時にあったりして、何がいいのか悪いのか、自分でもよくわかんないですね。
実を言うと、僕は筆無精なんです。簡単な日誌は別にして、きちんとした日記ってつけたこともありません。手紙の返事もよほど必要がない限り、まず書きません。なんかそういうものを書くのが苦痛なんです。書きたくないのなら、というか書く必要がとくにないのなら、べつに何も書かなくていいんじゃないかなと、僕は個人的には思いますが、いかがでしょう。
ヴィニシウスとトッキーニョ、そしてコーラス・グループ「クアルテート・エン・シー」(Vinicius & Toquinho, Quarteto Em Cy)が歌います。「トムへの手紙74」。トムというのはアントニオ・カルロス・ジョビンの愛称です。ジョビンさんは驚異的な手紙魔だったそうで、誰彼構わず手紙を書きまくっていました。それをからかってトッキーニョさんがこの曲を作りました。
Hey, Soul Sister
Train
Save Me, San Francisco Golden Gate Edition
Columbia
またひとつ猫関係のお便りです。ジョン・タゴダさん、54歳男性、宮城県の方です。

「こんばんは。いつも楽しく拝聴させてもらっています。ぜひ教えてもらいたいことがあります。私は、いちご生産者なのですが、知り合いが飼っている猫は、なんといちごを食べるらしいのです。村上さんの猫遍歴は長いと思いますが、今まで飼っていらした猫で、いちごやフルーツ類を食べる変わり者はいたでしょうか?」


はあ、いちごを食べる猫なんだ。僕がこれまで飼った猫で、そういうのはいませんでしたね。猫は基本的に肉食ですが、栄養のバランスをとるために、ときとして草を食べます。僕の知る限りフルーツ類はあまり食べないみたいですが、人と生活を共にしているうちに食習慣が変化してしまうこともあるのでしょうかね?
僕が昔飼っていた猫は海苔が異様に好きでした。味付け海苔とか焼き海苔とか。僕が品川巻きをーーおかきに海苔を巻いたやつですねーーそれを食べていると、すぐに嗅ぎつけて、ぴょんと飛びかかってきて、そこについている海苔を激しく要求し、その結果、僕は海苔をはがしたあとのおかきだけを空しくぽりぽり食べるという目に、よく遭(あ)っておりました。
トレインの「ヘイ・ソウル・シスター」を聴いてください。
Give Me The Night (Chill Night Remix)
Randy Crawford
Best Of Randy Crawford
Warner Bros. Records
東京都の怪獣亭一平さんからのメールです。

「普段聴けない音楽が聴けるので、この番組を愛聴しています。ちょっと気になったので質問します。アバとクイーンのファンですが、この番組でまだ聴いた覚えがありません。いつか流れることがあるでしょうか?」


はい。申し訳ありませんが、その可能性はまずありません。限りなくゼロに近いです。これも運命と思って諦めてください。世界はもともと不公平にできています。

兵庫県の「ハエじゃこ」さんからの質問です。しかし「ハエじゃこ」って何なんでしょうね?

「余計なお世話ですが、今後のレコードの断捨離はどうなさいますか?」


はい、早稲田大学に「国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)」という施設がありまして、ゆくゆくはそこに、僕のジャズ・レコード・コレクションの中心部をごっそり引き渡すつもりでいます。せっかく丹念に収集したものですから。聴きたい人はできるだけ自由に聴けるように案配したいと考えております。
ところで早稲田大学は僕の母校ですが、「都の西北」ってまともに歌ったこと、一度もないんです。『都の西北、早稲田の森に……』まではなんとか知ってますが、あとの歌詞はまったく知りません。早稲田大学で名誉博士号をいただいたとき、総長に「あの歌って野球の応援歌ですよね?」と訊いたら、「いえ村上さん、あれは正式な校歌なんです」って言われました。いかに大学に寄りつかなかったか、バレバレですよね。
久しぶりにランディ・クロフォードを聴きましょう。曲は「Give Me The Night」。
East Virginia
The Brothers Four
The Brothers Four
Oldays Records
「埠頭前ドラゴン」さん、63歳、男性。「埠頭前」って港の埠頭ですよね。なんだろう?

「この前、すみだトリフォニーホールにマルタ・アルゲリッチ、ミシャ・マイスキー、ジャニーヌ・ヤンセンを聴きに行きました。とくにショスタコーヴィチの『ピアノ三重奏曲第2番』が素晴らしかったです。演奏はプログレッシブ・ロックを聴いているみたいでした」


はい、実は僕もそのコンサートに行ってました。ひょっとしてロビーですれ違っていたかもしれないですね。ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番は僕の愛好する曲でもあります。なかなか深い曲ですよね。できればもう少し小さなホールで聴きたかったですが

『譜めくりの女』というフランス映画がありまして(譜めくりというのは楽譜のページをめくる女の人のことです)、その中でこの曲が印象的に使われています。ピアノ・トリオが練習するシーンです。第4楽章のアレグレットが演奏されます。もし機会があったらご覧になってみてください、ちょっと怖い映画ですが、音楽はたっぷり出てきます。
ショスタコーヴィチからは遠く離れますが、ブラザーズ・フォーの『イースト・ヴァージニア』を聴いてください。この曲、なぜか昔から不思議に好きなんです。高校生のときから。歌詞も自然に覚えてしまい、今でもふと口ずさんでしまいます。
Can't Stand It
Wilco
Summerteeth
Reprise Records
「じんた」さん、東京都男性52歳。

「自分にとって100パーセントの異性がいて、でも向こうにとって自分が30パーセントでしかなかったとわかったとき、飲むべきウイスキーはなんですか?」


笑っちゃいけないんだろうけど、思わず笑っちゃうくらいユニークな質問です。お気の毒です。そこでどんなウイスキーを飲むべきか? なんだっていいんじゃないですか。がんがん飲んで酔っ払うしかないでしょう。飲みまくって、世界を呪いまくりましょう。2日酔いに備えてくださいね。僕の経験から申しまして、高価なウイスキーの方が比較的悪酔いはしないみたいです。
ウィルコをかけます。この番組でウィルコがかかるのは、これが初めてじゃないかな。ウイスキーのつまみにどうぞ。曲は「Can't Stand It」。僕は耐えられない。でも耐えきってくださいね。(ニャーオ)
Le Printemps Sur La Colline
Les Surfs
Portrait 1963 / 1968
Magic Records
福岡県男性、54歳、「ラルフ・ローレンのブルーのポロシャツ」さんからのお便りです。

「村上さんの本を初めて買ったのは、昭和62年、高校受験が終わった日でした。選んだのは『村上朝日堂』でした。高校に進学し、その冬にダッフルコートを買いました。VANジャケットではなく、グローバーオールでした。気がつけば40年近く村上さんの小説と過ごしてきたことになります。小説だけではなく、音楽や服装、考え方まで影響を受けてきたような気がします」


最近はみんな軽くて温かいダウンジャケットを着るようになりましたが、そんな中であえて重くてかさばって、それほど暖かくもないダッフルコートを着ているのって、ちょっと小粋なものですよね。マフラーがよく似合います。僕は今は、10年くらい前に買った、ポール・スミスのクラシックな紺色のダッフルを着用しています。これからもがんばってダッフルコートを身にまとい、冬を乗り切りましょう。
フランスのグループ「レ・サーフ」が歌います。『花咲く丘に涙して』、カンツォーネの有名曲ですが、フランス語で歌われると、またちょっと違った趣が生まれます。フランス語のタイトルは『丘の上の春』となっています。「ル・プランタン・スール・ラ・コリーヌ(Le Printemps Sur La Colline)」。
Kitchen
本多俊之バーニングウェイブ・カルテット
コンドルは飛んで行く
ピットインレーベル
今日のクロージング音楽は、本多俊之さんが演奏する映画「キッチン」のテーマです。吉本ばななさん原作、森田芳光さんが監督の映画ですね。本多俊之さん、僕が昔、国分寺で経営していたジャズの店で何度か演奏してくれたことがあります。といっても、彼は当時まだ高校生だったと思うんだけど。とにかく若くして才能あふれるサックス奏者でした。
さて、今月の言葉は伝説的批評家、小林秀雄さんのお言葉です。

「書かねば何もわからぬから、書く」

これは引用の引用、つまり「孫引き」なので、正確な出典は不明です。ご存じの方がいたら教えてください。でも小林先生の言いたいことはよくわかります。文章にして書いてみないことには、ものごとをうまく考えられない人っているんです。そしてこの僕も、もちろんそんな1人です。頭でものを考えようとすると、筋道がぐちゃぐちゃしてきて、わけがわからなくなっちゃうんだけど、手を動かして文章にしてみると、そしてそれを何度か書き直し整理していくと、状況が次第にクリアに見えてきます。
あなたはどちらでしょう? 頭ですっと考えるタイプ、それとも「書かねば何もわからぬ」タイプ?

「書かねば何もわからぬから、書く」小林秀雄

それではまた来月。

スタッフ後記

スタッフ後記

リスナーのみなさん、いつも質問や感想のメールをありがとうございます。村上さんがメールに目を通して、楽しい回答と絶妙の選曲でお応えする「マイフェイバリット・ソングズ&リスナーメッセージに答えます」も6回目となりました。今回、冒頭に紹介されたラジオネーム<海賊・髭次郎>さんは、なんと30年前に村上さんからもらったコードネームだそうです。また、93歳の<ルナまま>さんの「命ある限り聞き続けます」という言葉に、村上さんも番組スタッフもとても励まされました。クロージングの「書かねば何もわからぬから、書く」は批評家小林秀雄の言葉でしたが、みなさんも感想や相談事をぜひ書いてみてください。書けば何かが生まれる…かもしれませんね。メールをお待ちしています。(村上RADIOスタジオ・チーム)(村上RADIOスタジオ・チーム)

村上春樹(むらかみ・はるき)プロフィール

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。