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日曜日のお茶の水は模擬テストだか予備校の講習だかに行く中学生や高校生でいっぱいだった。
緑は「ねえワタナベ君、英語の仮定法現在と仮定法過去の違いをきちんと説明できる?」と突然僕に質問した。
「できると思うよ」と僕は言った。
「そういうのが日常生活の中で何かの役に立ってる?」
「日常生活の中で何かの役に立つということはあまりないね。でも具体的に何かの役に立つというよりは、そういうのは物事をより系統的に捉えるための訓練になるんだと僕は思ってるけれど」
村上春樹『ノルウェイの森』(一部抜粋)
<坂本美雨が朗読>

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こんにちは、村上春樹です。村上RADIO、今日は翻訳家の柴田元幸さんをゲストに迎えて、都の西北、早稲田大学小野記念講堂から、約200名のオーディエンス(聴衆)を前に、公開録音でお送りします。番組前半のテーマは「音楽で学ぶ仮定法」というものです。
どうしてまた仮定法なのか? 僕は英語の仮定法って、昔からけっこう好きなんです。仮定法の用法って、のみ込むのがなかなかむずかしくて、多くの人がここで英語学習にくじけてしまうみたいです。「仮定法過去完了」とか、名前からしてなんか面倒です。そんなものとあんまり関わりたくないですよね。でもそこを堪(こら)えて、いったん仮定法を身につけてしまうと、読むことでも、話すことでも、書くことでも、英語がいちだんと深くなってきます。ほんとうに。嘘じゃなくて。
<オープニング曲>
Donald Fagen「Madison Time」
というわけで、今日は仮定法を用いた音楽を聴きながら、英文翻訳の第一人者、柴田先生のご指導のもと、みんなで楽しくしっかり英語のお勉強をしようじゃないか、という企画を立てました。しかし、こんな大胆なことが実行できるのは、民間商業放送の世界ではたぶんこの「村上RADIO」くらいではないでしょうか。自分で言うのもなんですけど、なかなか貴重な番組なんです。
仮定法を使った音楽って見回してみるとかなりたくさんあります。僕と柴田さんが知恵を絞って、おおよそ半分ずつ選曲しました。さて、どんな曲がかかるでしょう? そして、仮定法はうまくみなさんの身につくでしょうか? どうかお楽しみに。


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Hymn to Love (“Hymne à l’amour”)
Édith Piaf
ETERNELLE
Parlophone
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村上春樹(以下、村上)こんにちは、村上春樹です。
柴田元幸(以下、柴田)どうもこんにちは、柴田元幸です。
村上)この早稲田大学・小野記念講堂は定員が200名ちょっとなんですけど、参加申し込みは3,800何通ありまして、かなりの倍率で今日ここに来られた方はラッキーであるかもしれません。本当は日本武道館であればよかったんですけどね。でも武道館で英語の勉強というのもね、ちょっとあれですし……。
柴田)前にアメリカのマサチューセッツ工科大学で講演なさった時、僕は客席にいましたけど、あの時もやっぱり超満員でたくさんの人を断らなきゃいけなくて。村上さんその時はフェンウェイパーク(野球場)でやればよかったですねって言ってました。
村上)よく覚えてますね(笑)。というわけで、これから順番に音楽をかけていってその仮定法の使い方について柴田さんのご講義があります。まずは柴田さんの選曲からいきますね。
柴田)はい1曲目はエディット・ピアフの「愛の讃歌」です。「愛の讃歌」といえば、フランス語だったらもちろんエディット・ピアフ、日本語だったら越路吹雪、英語だとブレンダ・リーの歌が一番スタンダードなんですけども、今日聴いていただくのはエディット・ピアフが英語で歌ったバージョンです。彼女のフランス語なまりの英語も楽しんでいただければと思います。
<エディット・ピアフの曲が流れる>
柴田)はい、エディット・ピアフが英語で歌う「愛の讃歌」でした。ところどころフランス語のなまりがあって、それが逆に味わい深い感じもいたします。仮定法絡みで話すと、まずいちばん初めに、「仮定法」と普通の「直説法」との違いをごく簡単に整理しておくと、例えば日本語だったら「雨が止んだら行きます」。これは直説法的な言い方ですけど、「もし私が君だったら行きますね」。これだと現実とは違うことを仮定しているので、英語の仮定法に近いわけです。
この二つが日本語だと「行きます」で同じになるけど、英語だと「If it stops raining, I will go.(雨が止んだら行きます)」「If I were you, I would go.(もし、私が君だったら行きます)」となり、「I will go」と「I would go」というふうに時制がずれる、それが直説法と仮定法の違いということですね。
それで、今聴いていただいた「愛の讃歌」の英訳は、最初から応用問題みたいで申し訳ないんですけど、両者がごっちゃになっている例が出てきます。真ん中の後ぐらいで「If one day(もしいつの日か)we had to say goodbye(私たちがさよならを言わなきゃならなくなったら)」。ここは、そういうことがありえないと思う気持ちから、「we had to」というふうに仮定法過去になっているわけですね。で、ちょっと飛ばして、その後半は「In my heart(私の心の中に)You will remain(さよならを言わなくちゃならなくなっても、あなたはいつまでもいます)」。ここのところは、ピアフははっきり「in my heart you will remain」というふうに仮定法じゃない言い方をしてるんです。
村上)wouldじゃないんですね。
柴田)wouldじゃないんです。だから、この直説法と仮定法っていうのが結構混じったりもするということを、最初から例としてお見せしたんですけれども。ここにポイントが二つあるとしたら、一つは、そんなに厳密に考えなくていいです、っていうこと。もう一つは、でもやっぱりよく見てみると、どっちが仮定法過去になっていて、どっちが直説法になっているかというのは、ちゃんと意味があると思うんですね。つまり「If one day we had to say goodbye」。ここは要するに、さよならを言いたくない、言いたくないから、ありえない仮定としてhad toというふうになる。一方、いま村上さんがおっしゃってくださったように、「In my heart you will remain」の方は、これは「絶対あなたは私の心の中に残ります」っていう……。
村上)willのほうがインパクトが強いわけですね。
柴田)そうなんですね。「would remain」にすると、これあくまでも仮説ですから、と言ってるみたいな感じがするわけですよね。だから、ごっちゃになるのには、それなりの根拠みたいなものはあるだろうと。
村上)しかし、仮定法の歌って結構大げさなものが多いですね。ありえないことを言うわけだから「空が海に落ちても、星がみな色あせても」なんてね。
柴田)特にこの「愛の讃歌」は極端ですよね。この英語バージョンは実はまだマイルドで、元のフランス語の原詞は言えないですけども、「あなたのためなら私は泥棒もします」とか、結構過激なことを言ってるんですね。


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If I Were A Bell
Ella Fitzgerald
Ella Swings Lightly
Verve Records
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村上)じゃあ次に行きます。次は僕の選曲ですね。「If I Were a Bell(もし私が鐘ならば)」。これは「愛の讃歌」とは違って、どっちかというとコミカルな曲で、結構愉快な感じの歌です。聴いてください。
<エラ・フィッツジェラルドの曲が流れる>
村上)歌っていたのはエラ・フィッツジェラルドですね。僕はこの曲をマイルズ・デイビスの演奏で初めて知って、とても好きな曲なんですけど、これは仮定法のオンパレードですね。最初から最後まで。
柴田)教科書通りの「If I Were a Bell(もし私がベルだったら)I Wouldですね。I'd Go Ding Dong Ding Dong Ding」……。
村上)ありえない仮定ですね、みんなね。
柴田)他にも「サラダだったら」とか「季節だったら」とか……。
村上)僕、柴田さんの対訳でちょっと気になったのが、「もしも私が鐘ならばきっとリンリン鳴ってます」というところ。このベルというのはいろんなベルがありますよね。ドアベルのベルから教会の鐘まで、全部ベルなんですよね。僕ならキンコンって訳すかなって……。
柴田)ああ、そのほうがいいですね。その後Ding Dong Dingって、いかにも鐘っぽい音が出てきて、こっちはringなのでリンリンでいいかなと思ったけど、キンコンのほうが……。
村上)Ring RingとDing Dongとはちょっと違うかなという気がしたんだけど。
柴田)訳していて時々困るのは、日本語の鈴も鐘も英語ではベルなんですよ。だからベルって言葉のほうが日本語の鐘や鈴よりカバーする幅が広くて、Ding Dong Ding Dong Dingのほうは鈴ではありえない音が歌われているので迷わないんですけど、鈴だったら、たとえばティンガリンガリンとか……。
村上)マイルズ・デイビスの「If I Were a Bell」は最初にレッド・ガーランドがイントロでキンコンカーカンコン・カンコンカンコンって鳴るんです。だから僕は舌のついた、ベロのついた鐘かなというふうに思ってたんですよね。
柴田)そうですね、キンコンに直します。
村上)ありがとうございます。僕と柴田さんは大体こういう感じでお互いに啓発し合って、啓発する量は僕のほうがずっと受けてるんですけどね、(翻訳の)作業をしております。


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If
Bread
Anthology Of Bread
Elektra
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村上)では次いきますね。次は文字通りの「If」。これはもう仮定法以外ではありえないという選曲です。ブレッドが歌います。
<ブレッドの曲が流れる>
村上)この曲は僕が選んだんですけど、これ、歌詞がいいんですよね。
柴田)さっきの「If I Were a Bell」がすごくコミカルな比喩の連発だったとすると、こっちはちょっと教養がかっているんですね。いちばん初めのところが「If a picture paints a thousand words」、もしも絵というものが千の言葉を描けるなら、という言い方。なんで千かっていうと、「A picture is worth~(~の価値がある)」「A picture is worth a thousand words(一枚絵を見せれば千の言葉の値打ちがある/千の言葉と同じくらい多くのことが一枚の絵で伝わる)」という決まり文句があります。それを踏まえてるんですよね。
村上)あとは「If a face could launch a thousand ships(一つの顔が千の船を出帆させられるなら)」これは(ホメロスの叙事詩)「オデュッセイアー」の……。この間、映画「オデュッセイアー」を観てきて、その中でも出てましたね。ヘレネー、すごくきれいな人が千の船を進水させるんですよね。
柴田)ギリシャのあの辺はみんな海に国が面しているから、いくさに行くというと、まず船に乗るわけですね。美女ヘレネーを争っていくさが始まる。そうすると船がバーッと出るっていうことで、「The face that launched a thousand ships」という、その千の船をローンチ、出帆させた顔という決まり文句があるわけです。
村上)あと僕が好きなのは「一度に2ヵ所にいられるものなら、君と一緒に明日と今日にいたい。ずっと君のそばで」。これはロマンチックですね。
柴田)これは気が利いてますね。やっぱりデヴィッド・ゲイツという人は本当に秀才型ですね。


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If Not for You
Bob Dylan
New Morning
Sony
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村上)次は「If Not for You / Bob Dylan」。これは柴田さんの選曲ですね
柴田)高校の授業で多分みなさん習いますよね。If it were not for~(もし~がなかったら)、そういうフレーズがあるわけですけど。ずいぶん長いですよね。実際には、こういうふうに「If not for」という三語に縮めて、同じく「もし~がなかったら」という言い方に日常ではなることが多いです。まさにそれを使ってディランが「If Not for You(君がいなかったら)」という曲を作っています。
村上)僕が最初にこの曲を聴いた時、まだ高校生か何かで、「If not for you」がどういう意味かちょっとよくわかんなかったですね。
柴田)これは本当にフレーズの意味を知らないとわかりにくいですね。「If it were not for you」が「If not for you」というシンプルなフレーズに直されているということ。そして、この曲でやっぱり見事だと思うのは、ディランは音もすごいシンプルですけど、言葉もシンプルなんですよね。
村上)「If not for you, my sky would fall」は、エディット・ピアフも同じようなことを歌ってましたね。
柴田)確かに。簡単な言葉なんだけど、過激なことを言ったりもするんですね。あと「But it would not be new / If not for you(君がいなかったら、虚しく朝の光を待ってるだろう、朝の光が来ても、その光は君がいないから新しくないだろう)」と。new(ニュー)とyou(ユー)の韻の踏み方とか、こういうのは本当にもう翻訳じゃ全然よさを出せないですよね。
<ボブ・ディランの曲が流れる>
村上)なるほど。本当にボブ・ディランの歌詞って翻訳不可能なものが多いですよね。
柴田)かえって「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」とか、難しい言葉を使ってくれるほうが訳しようがあるんだけど、この時期のアルバムとか、「ニュー・モーニング」か、あと「ジョン・ウェズリー・ハーディング」とか、あのあたりのシンプルな構成で作った歌は、本当にシンプルさこそが一番訳しにくい感じですね。
村上)僕が仮定法に興味を持つようになったのは、翻訳をやるようになってからです。仮定法をどう訳すかというのがすごく大事なんだなというのがわかってきたんですよね。
学校の時はあまり興味を持てなかったんですよね。嫌だなと思ってたからね。でも、仮定法を理解してないとうまく理解できないんですよ。
柴田)要するに、そこに書かれていることが事実か事実じゃないかっていうのが、文法のサインからわかるわけですよね。
村上)あとif~で、~wouldとかcouldだとわかりやすいんだけど、前がない場合が多いんですよね。だから、それは仮定法がわかってないとなかなか訳しづらいんですね。


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Wouldn't It Be Nice
The Beach Boys
The Pet Sounds Sessions
Capital
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村上)次は柴田さんの選曲でビーチ・ボーイズの「素敵じゃないか」。
柴田)これはですね、「Wouldn't it be nice(素敵じゃないか)」という、ご存知の方も多い曲だと思うのですが、ちょっと珍しいバージョンでお聴きいただきます。
<ビーチ・ボーイズの曲が流れる>
村上)素敵な曲ですよね。
柴田)素晴らしいアカペラ・バージョンで聴いていただきました。これはもちろん「Wouldn't it be nice(素敵じゃないかい)」というところが仮定法ですが、「Wouldn't it be nice if...」まで一緒に覚えていただくと、使い方がすごく広がります。itっていうのはいわゆるあんまり文法用語は使いたくないんですけど、仮主語っていうやつで、長い話をしたいときにとりあえずitと言っておいて、その後詳しく言うという仕組み。「Wouldn't it be nice if...(もしこうこうこうだったら、それは素敵じゃないだろうか)」という言い方ですね。要するに、今はまだ自分たちは子どもで自由が利かないけど、大人になったら何でもできるのにという、そういう楽天的な歌なんだけど、やっぱりビーチ・ボーイズがやるとどこか陰りがありますね。
村上)あの、状況説明をしますと、1960年代の半ばの歌ですよね。当時は結婚しなければセックスはできないということだったんです。だからこの歌では高校生同士のカップルで、このまま大人になれたらすぐに“やれる”のにね。という“やれる”って、言っちゃいけないのか、すぐに仲良くなれるのにね、ということが切実なんですよね。
柴田)そうですね。僕が一番好きなところは「Maybe if we think, and wish, and hope, and pray(もし考えて願って望んで祈ったら), it might come true(実現するかも)」。もうちょっと待てば実現するんですけど……。
村上)might come trueなんですね。
柴田)どこか物事がうまくいかないかもしれないというのが見えちゃってるような響きですね。ブライアン・ウィルソンの生きた人生とか、そういうこともつい考えてしまうので、余計そういうふうに思うのかもしれないんですけどね。
村上)でもこれはやっぱりすごく心がこもった歌だと僕は思います。
柴田)長年聴いていると本当にそう思うようになりました。


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I Could Have Told You
Arthur Prysock Count Basie
Arthur Prysock / Count Basie
Verve Records
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村上)次は僕の選んだ曲で「I Could Have Told You」、仮定法過去完了ですね。アーサー・プライソックという歌手が歌いますけれど、このレコードはね、僕が高校時代に買って愛聴していたレコードで、なんか高校時代から結構趣味が渋かったんです。アーサー・プライソックって、バックのカウント・ベイシーの伴奏がとてもいいんです。聴いてください。
<アーサー・プライソックの歌が流れる>
村上)高校時代からこういうのばっかり聴いてたから、友達と話が合わなくて、とても苦労しました。この曲もね、条件節はほとんど出てこないんですよね。一ヵ所だけ「If only you'd asked I could have told you so」。聞いてさえくれたらちゃんと言ってあげたのにさ、聞かないから言えなかったんだよと。余計なことを言うみたいで、水をさすみたいで言えなかったじゃない、という歌なんですよね。If only you HAD asked I could have told you soだから、これが仮定法過去完了で、結構難しいんですよね。過去の仮定だから、どっちも1つ時制が前になるんですよね。
柴田)アーサー・プライソックの歌い方は、I/could/have/told/youというふうに一語一語すごくはっきり歌ってますけど、普通しゃべる時はhaveは音としてはofぐらいにしか聞こえないんですよね。だから小説の中で、あまりちょっと勉強できない人の書いた言葉をまねる時によくcould of toldとか、そんなふうに書いたりもするから、音としてはそういう感じなんですね。
村上)でもね、これなんか切々として、気持ちはよくわかるんですよね。なんか友達がすごく女の子を好きになってて、これうまくいかないよなってわかるんだけど、言えないんですよね。言っちゃうと喧嘩になっちゃうからね。
柴田)前半はこの「I=僕」はただの傍観者だと思うじゃないですか。でも後半を聴くと、彼についても泣き濡れてとかそういう言葉が出てきて。As I toss and turn and try to sleep、ここですね。何度も何度も寝返りを打つっていう時にtoss and turn という言い方をするんですけど、それは単に物理的にそういうことをするっていうよりは、なんか悲しいことがある、不安なことがあるという気持ちの表れとして言ってるわけですよね。だからこの人自身がすごく悶々(もんもん)と眠れない夜を過ごしている感じがする。
村上)これ、元カノだったんですかね……。
柴田)だから彼女は男をみんなこうやって傷つけて……。
村上)彼も泣き濡れるくらいだから……。
柴田)そうですよ。Through all of my tears、もう我泣き濡れてという感じなんですね。自分も傷ついているから言えるわけです。そういう物語があるんです。
村上)関係ないですけど、オルガンを弾いていたのはカウント・ベイシーで、このオルガンがいいんです。彼がオルガンを弾くのは珍しいんですけどね。
柴田)カウント・ベイシーは僕、やっぱりフレディ・グリーンのリズムギターが好きなんです。電気も使わない。
村上)シャッ、シャッという音がかっこいいですよね。それから柴田さんはギターマニアなんですよね。
柴田)いやあ、そんなことないです。


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As If You Read My Mind
Stevie Wonder
Hotter Than July
Motown
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村上)次いきますね。次は柴田さんの選曲ですね。スティーヴィー・ワンダーです。
柴田)やっぱり小説の文章を豊かにするのは比喩です。比喩で一番複雑にものが言えるのは、As ifっていう形ですね。LikeなんかだとLike a tigerとか、単にその後に名詞句が来るだけですけど、As ifはAs ifの後に主語が来て動詞が来て、もっと複雑なことが言えるわけですね。だから小説の中で「まるで何々のように」「あたかも誰々が何するように」という比喩で小説家は文章を豊かにするわけですけど、案外、歌ではAs ifって出てこない。
村上)そうですね、あんまり聴かないですね。
柴田)歌はさっきのボブ・ディランじゃないけど、もっとシンプルさが身上になるということが多いから、そう複雑なことは言えないのかなと思って、なかなかAs ifがないなと思って。僕は英語でわからないことがあるとローランド・ケルツ(Roland Kelts)とリサ・カトー(Lisa Kato)の2人に相談するんですけど、だったらスティーヴィー・ワンダーと言われて、リサからこの「As If You Read My Mind」を教えてもらいました。
柴田)いちばん初めに「仮定法というのは現実にはありえないことを考えるものだ」というところから始めましたけど、実際には現実にありえる、ありえないの線引きなんてそんな簡単にできるものじゃなくて、このAs ifというフレーズを聞くと特にそれを感じます。ここでもas if you read my mind、「あたかも君が僕の心を読めるように」っていうのは、別に「読めない」って言っているわけじゃないんですよね。なんか本当に読んでもらっているみたいっていう感じ。本当にas if you touched my soul、まあ soulっていうのを魂って訳しちゃうとなんか「魂に触れてもらっているみたい」というのも気持ち悪いんで、「心の奥に触れてもらっている」っていうふうに言いたいんですけど。とにかく現実にあること、ないことのボーダーラインあたりのことを歌っている感じがしますね。
<スティーヴィー・ワンダーの曲がかかる>
村上)歌ではあんまりないけど、日常生活ではAs ifって結構使いますよね。
柴田)すごく凝った比喩にも使ったりする一方で、As ifの二語だけで「あるわけないじゃん!」というふうに使ったりとか、本当に広いですよね。
村上)この柴田さんの訳した「Let's get high on the happy(ハッピーやってハイになろうよ)」。これはどういうことですか?
柴田)普通だと、Let's get high on~(~でハイになろうよ)と言ったら、次にはどのドラッグをやるのかなって思うわけですよ。でもそうじゃなくて、ハッピーでハイになろうぜっていう。
村上)ハッピーというのはドラッグとかお酒じゃないんですね。
柴田)ドラッグやるより、もう僕たち二人でハッピーになればいいんだよっていう。僕たちって言っちゃったけど、これがなかなか不思議な歌で、最初にClose your eyes ’til the morning朝までずっと目を閉じなよとスティーヴィー・ワンダーが女の子に、あるいは聴き手に歌いかけてるみたいですけど、実はそうじゃなくて、その言葉が、are the very first words I heard come from you、君から出てくるのが聞こえた初めての言葉だったと言ってるんです。だから女の子が語り手の男に、一応スティーヴィー・ワンダーが歌ってるから男にしますけど、に語りかけてくれてるんですよね。
村上)女の子が語りかけてる……。
柴田)そう、だから女の子が僕のことをわかってくれる。心の奥まで触れてくれるっていうことなんです。
村上)僕は男が言ってると思ったんで、ガンガンハッピーやろうぜみたいな感じかなと思ってた……。
柴田)でも、それも大いに一理あるっていうか。さっきAs ifがこの歌だと特に現実なのかそうじゃないかボーダーラインですって言ったように、どっちがIでどっちがyouかというのが、聴いててごっちゃになってくるような感じの歌なんですね。日本語にするとどうしても「僕/君」みたいなふうにジェンダーを決めちゃうんですけど、英語じゃこれ決まらないですからね。だからこのIとyouの関係っていうのは、ごっちゃになっちゃっていいんだと思うんです。
村上)なるほど。でも、これいいアルバムですよね。
柴田)とにかくリズムがすごいですよね。モータウンの黄金時代のアルバムはみんなそうだと思いますけど。
村上)一時期、僕はHotter Than Julyをメールのアドレスにしてたんです。
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<ステージに司会役の坂本美雨が登壇>
坂本美雨(以下、美雨)皆さんこんにちは、坂本美雨です。音楽で仮定法を学ぶ非常に勉強になりました。私も英語を話すは話すんですけど、子どもの頃に普通に会話の中で覚えていってしまったので、こういうふうに分解してというか、ifってそういうふうに使うんだ、mightってそうなんだっていう……本当に勉強になりましたけれども。さあ、皆さんからたくさん質問をいただいています。
「(ラジオネーム:ポテポテ)出版翻訳の世界の片隅でひっそり生きているものです。訳語に新しめの言葉を使うことをお二人はどう思われますか。使うとすればその範囲をどう決めていますか」
「(ラジオネーム:キノコマッシュルーム)外国語にも方言ってあると思うのですが、訳するときはどうしていらっしゃるのでしょうか。ほにゃららやでとか何々ばいみたいにすると、なんか変だし。」
というちょっと具体的な質問でしたけれどもいかがでしょうか?
村上)新しめの言葉を使うこと……。
柴田)新しめの言葉を知らないですよ。僕の中で今、翻訳者としてもうマイブームなのは、「すごく疲れた」じゃなくて「すごい疲れた」という言い方。これが僕の中ではすごい新鮮だという、それぐらい古いんです。なので、その心配はいらない。
村上)でも、いかにも新しいことを話しているというケースはありますよね。そういうニュアンスはやっぱり少し出さないといけないわけですね。
柴田)まあ、そうですね。ただ、それを単語レベルでやっていくと、その言葉はもしかしたらすぐ古びるかもしれないという心配はありますよね。
村上)例えばdissって言葉ですよね。動詞のdiss。日本語でもディスるって言いますよね。
柴田)今、言いますね。
村上)それはどうやったらいいかとか時々迷いますよね。ディスるって訳しちゃうと、なんかね……。
柴田)ダメですか?
村上)ディスるって訳すと自分が軽くなってる気がして、なんか抵抗があるんですよね。でも原文でも実際にdissって使ってるわけだから、どうしようかなと困るときはありますね。
柴田)だから、新しい言葉に限らず、自分がこの辺の言葉を使えないなと思ったら、まず自分なりに訳して、そういう言葉に詳しい人に見てもらうってことは結構やりますね。
村上)柴田さん、SNSとかやらないでしょ?
柴田)やるんですよ、それが。「MONKEY」という雑誌もやってるので、そこでちょっとやるんですけど、新しい言葉よりも、例えばファッションの言葉とか全然知らないし、車とかそういうのが詳しい人に「好きな人たちはこういうふうに言うんだよ」っていうのを教えてもらうっていうことはやりますね。
村上)僕はね、翻訳していて人にあんまり聞かないですね。
柴田)だからやっぱり村上さんはそれなりに新しい、それなりになんていったら失礼ですけど、新しい言葉とか仕入れてるんじゃないですか、やっぱり小説家として。
村上)入ってきてるのかもしれない……。
柴田)方言はね、原理的に答えるのはとても簡単というか、論理的に答えられるというか、方言を日本語の方言に置き換えるというのをやめたほうがいいと思うので、自分がそういう方言をよほど使いこなせない限り。それをやめるとすれば、なぜそこに方言が使われているかというのを考えて、それが例えばユーモアを意図しているのか、それともその人が社会的に虐げられているということを伝えているのか、それとも音の方言の美しさ、詩情みたいなポエトリーみたいなものが目指されているのか、それを見極めて、その要素を強調して訳すようにする。言うのは簡単なんですけど……(笑)。
村上)僕が一番困ったのは、フィッツジェラルドの短編で、フィッツジェラルドの奥さんのゼルダはアラバマ出身で、もう純粋な南部弁なんですよね。それを訳すときに、南部方言というのは訳しようがないんですよね。
柴田)日本語の方言で何か代用しようと思ってもそんなのないですよね。
村上)結局どうだったっけな、ニュアンスで訳すしかないですね。なんとかだべとか、そういうのはやっぱり日本の東北とアメリカ南部とは違うからね。だからね、ちょっとしたニュアンスで出せると思うんですけどね。
柴田)結局その方言自体の味わいを100%伝えることはできない。じゃあもう翻訳なんかやっても仕方ないというふうには短絡的にならない方がよくて、他に伝えられることはいくつかあるので、そっちで伝えれば大体は伝わるかぐらいに構えるのがいいのかなと思う。
村上)時々、関西弁とかでやってる人いますけどね。やっぱり読みにくいですね。
柴田)そうですね。短編の、いかにもこれは短い文体実験ですという範囲ならいいんですけどね。長くやられると。
美雨)さあ、会場にいらっしゃる方からも質問をいただいています。
「(ラジオネーム:浜島ヒヨドリ)日本語の報告書などをフランス語に翻訳する実務翻訳をしています。しかし悲しいことに近年の目覚ましいAIの進歩により、ほぼお役御免となりつつあり、私は仕事を失いかけています。AIがこのまま進化していったらお二人はいつの日か文芸翻訳もAIが担うようになると思われますか?」
村上)この間ラジオで言ったんですけど、小説を書くというのは、これまでの情報を分析して組み替えればできるものじゃなくて、新しく自分の中で情報を作っていかないと書けないものなんですよね。例えば、ある種の妄想とかね。ある種の矛盾とかね。そういうものから出てくる新しい情報を小説に入れるわけです。AIには多分それはできないと思うんだよね。だから僕は特にAIを脅威だとは感じてないし、むしろAIが僕を脅威に感じてくれるといいなというふうには思ってます。
柴田)それは創作者としての村上さんじゃないですか。
村上)そうです。
柴田)翻訳者はどうですかね?
村上)翻訳もね、僕は無理だと思います。時々AIで試しに何かやってみることはあるけど、今のところはひどい訳しか出てこない。もっとソフィスティケートされるかもしれないけど、やっぱり文芸翻訳というのは実務翻訳とは別ですよね。


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Jump
Van Halen
1984
Rhino
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村上)次は僕の選曲でなんとヴァン・ヘイレンのジャンプですね。好きなんですよね、僕はね。このイントロ聴くだけで胸が躍ります。
<ヴァン・ヘイレン「ジャンプ」を聴きながら>
柴田)might as wellというフレーズですね。
村上)might asって結構苦手でね。どう訳していいかその度に迷っちゃうんだけど。
柴田)might as wellまででまとめて考えた方がいいですね。「やってもいいし、やんなくてもいいんだけど、どっちかっていうとやったほうがいいんじゃない」みたいなときによく使う言い方ですよね。
村上)いろんな使い方がありますよね。僕の好きな曲でIt might as well be spring(まるで春みたいだ)という曲があって、春じゃないんだけど……。
柴田)これくらいさわやかだったら、春であってもおかしくないっていう。AかBか決めるわけじゃないんだけど、Aと考えるとなんかしっくりくるとか筋が通るとか。この曲でも別にジャンプしてもしなくてもいいんだけど、どうせならしたら?みたいなそういう感じ。
村上「あいつに金貸すぐらいならドブに捨てた方がマシだ」という例文ありますよね。“You might as well throw your money down the drain as lend it to him.”僕は『リーダーズ英和辞典』でこの例文が好きなんだけど。
柴田)might as well~as~とか、完全な形の英語にしようとすると大変なんですけど、might as wellだけでも「そうしたら!」みたいな時にwe might as well do it!だけで完結します。
村上)これもでも仮定法の一種なんですね?
柴田)もちろんそうですね。やっぱりmay as wellだとちょっと違うんですよね。
村上)may as wellとmight as wellはどう違うんですか?
柴田)might as wellは「そうするかしないか」とか、仮説を立ててそれで結論出してるような感じがする。いや、そうでもないかな……。
村上)うーん。それから、もう一つわかんないのがI've got my back against the record machine(レコード・マシーンに背中をつける)という……。
柴田)これ要するに普通だったらI've got my back against the wallと「壁」が来るのが普通なんですよね。「単に壁に背中をピッタリつけてます」という物理的な姿勢の問題だけじゃなくて、「追い詰められてるんだ」っていう感じなんです。
村上)レコード・マシンは僕はジュークボックスか何かかなって。
柴田)そうだと思います。
村上)それでいいんですか?
柴田)the wallの代わりにthe record machineを置いたけど、意味は同じということです。他のこのスタンザ(節)のsceneとかmeanとも韻を踏ませた、一種の言葉遊びです。なんかあんまり納得してないですね?
村上)柴田さんはmight as well jumpを「もう飛ぶっきゃないよ」と訳してるんだけど、他に訳し方あるんですかね?
柴田)「飛ぶっきゃないよ」とか「どうせなら飛べよ」とかいろんな言い方があると思います。でもこれで面白いと思ったのは、これ作った時にこのグループの誰かが、テレビで飛び降り自殺のニュースを見て、ビルから誰かが飛び降りるというところ、要するに野次馬が集まるじゃないですか。そうすると野次馬の誰かが絶対Go ahead and jumpと言う。つまり、もうさっさと飛び降りろよ、もったいつけないでって、そういう意味ですね。
村上)Go ahead and jump……。
柴田)Go ahead and jump、そういう言い方みんなするよな、とその誰かは思って、それを使ってこの曲の中にもGo ahead and jumpという何度も出てくるフレーズを入れた。
村上)ジャンプもいろいろな意味ありますよね。屋上から飛び降りるのもあるし、地上からジャンプするというのもあるし。
柴田)そう、上でも下でもいいんですよね、最終的には。
村上)これ曲は好きなんだけど、歌詞ちゃんと読まなかったからなぁ……。
柴田)もちろんGo ahead and jumpというのはここでは、もうさっさと飛び降りろよと言ってるわけでは別になくて、言葉は同じでもそれをポジティブに読み換えてるというか、さあ、飛ぼうよと言い換えてる。
村上)僕はデイヴィッド・リー・ロスのファンなので、つい取り上げてしまいました…。
柴田)そうそう、デイヴィッド・リー・ロスでした。Go ahead and jumpというフレーズからそういうふうに考えたのは……。


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I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free
Nina Simone
Silk & Soul
RCA
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村上)次がニーナ・シモン、柴田さんの選曲です。
柴田)仮定法の中でWishっていう動詞もすごく大事で、ここまで出てこなかったので最後でこれを出さないわけにはいかないだろうと思いまして。例えばWish you were hereという言い方があって、これは昔旅先から絵ハガキ出すってことをみんなしたわけですよね。旅先の絵ハガキだからだいたいその旅先の風景が描いてある絵ハガキを使う。そうするとその絵ハガキを出す人はそこにWish you were here(君もここに一緒にいたらいいのにね)というふうによく書いた。それがもうあまりにも習慣になったので、古い絵はがきを見るとWish you were hereというのが活字で印刷してあったりするんです。そういうwishを使った最もかっこいい例の一つ、これは60年代70年代のアメリカの公民権運動のときにサム・クックのA Change Is Gonna Come(いつか変化が訪れる)なんかと一緒に、公民権運動のテーマソングとして広く聴かれ歌われた歌です。ニーナ・シモンの「 I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free」。
<ニーナ・シモンの曲が流れる>
柴田)この曲のタイトル、I wishを使ってますけどすごく長いですよね。「I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free」。このI wish I knewまでは簡単に分かりますよね。わかったらいいのにっていう。その後がHow it would feelどんな感じがするだろうか、to be free 「自由であること」は。ここをもうちょっと簡単に言えなくもないんですよね。I wish I knew how it feels to be freeでもいいと思う。it would feelじゃなくてね。だけどit would feel to be freeって言った方がなんというか自由であるってことがまだ遠いっていう感じがするんですよね。そうやって歌っていって、最後になるとI'd know、I would knowですね、私にはわかるだろうともしそうなったらI'd know how it feels to be free ここではそのit would feelがit feelsというふうにもっと直接的な言い方になっています。最後になって自由に一歩近づいたような響きがあると思います。
村上)でもI wishというのはなんか遠くから望んでいるような感じがすごくあるんですよね。
柴田)そう、だから最後のところはもうI wishが消えてI'd know how it feels to be freeになっています。おっしゃる通りで、最後はもう、自由であることがどういうことか私にはわかるだろうっていうふうに、ほとんど仮定なんだけど断定のように言っています。
村上)この頃は1960年代ですよね、この歌ができたのは。公民権運動でアメリカの黒人を中心に市民運動が盛り上がっていて、すごくポジティブというかね、みんなが前向きだったのね。それから絶対世界はよくなっていくだろうという確信みたいなのをみんなが持ってた。
柴田)だから例えば黒人作家のジェームズ・ボールドウィンがその黒人が変われるためには白人も変わらなきゃダメなんだと言って、その後の世代にそこを批判されたりもするわけですけども、この歌でもまだ希望があるなと思うのはI wish you could knowあなたにも分かったらwhat it means to be me私であるっていうのがどういうことか、という一節です。これは明らかに、黒人が白人に語りかけていて、黒人である身というのがどういうものかあなたにもわかったらっていうのを、I wish you could know how it feels to be meと、一種祈りのような言い方で言ってるんですね。
村上)これがもっと先鋭化してブラックパンサーみたいになってくると、このI wishみたいな雰囲気ではなくなってくる……。
柴田)お前らに分かるわけないっていうふうになってくる。
村上)そうなんですよね。今は今でやっぱりもうある種の絶望感みたいなのがあるからこういう何か理想主義的な雰囲気を持つ歌っていうのは出てこないですね。
柴田)なかなか、そうですね。
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美雨)あらためまして、こんにちは。坂本美雨です。今日はTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」の公開録音をここ、早稲田大学・小野記念講堂で行っています。「村上RADIO 翻訳夜話スペシャル ~音楽で仮定法を学ぶ~」。ご来場の皆さん楽しんでくださっていますか。
<拍手>
早稲田大学国際文学館(通称村上春樹ライブラリー)は今日10月1日に開館5周年を迎えました。おめでとうございます。今回は「開館5周年その先の物語へ」とそんな企画の一環として、公開録音の運びとなりました。そして、あらためましてになりますが、壇上のお二人をご紹介いたします。柴田元幸さんはご存じの通り、英米文学の翻訳の第一人者でいらっしゃいます。数々の作品の翻訳を手掛ける一方、文芸誌「MONKEY」の編集責任も務めています。最新号のvol.40(40号)では、柴田さんによる「ハムレット」の新訳を全文一挙掲載ということで、柴田さん、あの「To be, or not to be」をどんなふうに訳されるのか気になります。
柴田)みんな、そこしか見ないだろうなと思ってます(笑)。
美雨)そして柴田さんは早稲田大学国際文学館の顧問でもいらっしゃいます。一方、村上春樹さんはもちろん世界的な人気を誇る小説家ですけれども、これまで数多くの作品の翻訳も手掛けてこられました。春樹さんは「翻訳は究極の精読」と話していらっしゃいますね。
村上)close readingですね。そうなんです。とにかく一行一行ちゃんと訳さなくちゃいけないから、これぐらいしっかり熟読できる仕事ってないんですよね。普通、本を読んでると、どれほど精読しようと思ってもそこまでしっかり読み込めないから、すごく勉強になるんですよね。
美雨)なんとなく流れでわかった感じになって読んでしまうことが多いんですけれども、本当に一行一行丁寧に訳して……。
村上)だからもうわからない一行があったらそれを一日考えてるとかね。そういうこともあるし、わからないのを考えるって大事なんです。そうするとわかってくるんですよ、だいたいね。間違ってることもあるけど。
美雨)作者の意図が浮かび上がってくる……。
村上)そうなんです。
美雨)お二人には「翻訳夜話」という共著もあります。続編も出ていますけれども、翻訳家と小説家、それぞれの視点から翻訳に関わってきたお二人ならではのお話を今日はたっぷりとお届けしています。前半は音楽とともに英語の仮定法を紐解いてくださいましたけれども、ここからは仮定法をちょっと離れて、広く翻訳についてお話ししていただけたらと思います。
村上)柴田さんは音楽に関してとてもうるさいというか、こだわりのある方ですね。
柴田)でも村上さんにはかないません、笑。
村上)なんか今日は褒め合ってるね。
美雨)今日はお二人が好きな曲をこだわりを持って選曲していただいたんですよね。では春樹さん、よろしくお願いします。
村上)後半もお互いの好きな曲を2曲ずつかけあって、その合間にお話をします。柴田さんの選曲からですね。


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Dirty Old Town
The Pogues
Fairytale Of New York
Rhino
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柴田)今度は仮定法関係なくね。単純に紹介するとThe Poguesというアイルランドのバンドの代表曲の一つと言っていいと思いますけど、Dirty Old Town。ライブバージョンであるところがミソなんですね。
<ザ・ポーグスの曲がかかる>
村上)そうか、アイルランドっぽい曲ですね。
柴田)アイルランドなんですけど、これは僕が聴くと、僕が育った京浜工業地帯にそのままつながってるというか。Dirty Old Townっていう汚い古い街っていうのをすごく愛している感じとか、「わかります」っていう感じですね。
柴田)こうやってライブで周りの人と一緒にわーっと盛り上がるとか、すごい嫌いなんですよね。座ってゆっくり聴きたいのに、お前らみんな座れよとか思うんだけど、このグラスゴーの人たちの中だったらちょっと入ってもいいかなという気がするんですよね。山の手が舞台の小説とか読んでも全然自分が知ってる世界という感じがしないんですけど、スチュアート・ダイベックのシカゴの下町の世界とか、それも京浜工業地帯とつながるような感じなんです。ダイベックもそうですけど古い汚い街の中で煙たい風の中に春の匂いがするとかね。そういう一言に、汚い中にちょっと叙情があるようなというか、何かもうツボなんです。すみません……。
村上)僕は阪神間の郊外住宅地で育ったんで、そういうのってよく分かんないです。かなり違う環境ですね。
柴田)海外の小説読んでて、ここって神戸と似てるなとかいう感じがすると村上さんの場合、それをいいなと思うか、逆に嫌だなと思ったりするんですか。
村上)あまりいいとは思わないですね。退屈だよね。
柴田)そうなんですか……。
村上)僕の場合は自分の小説を書いて、小説書いてないとき何をやるかというと、翻訳をやるんですよね。二毛作みたいな感じ。柴田さんは翻訳ほぼ専業じゃないですか、飽きないですか?
柴田)飽きないですね。翻訳一筋って言えば一筋なんだけど、雑誌の編集とかいろいろやって、基本的には翻訳ですけど、やっぱり翻訳っていろんな作家を訳すじゃないですか。だからそれは一筋というよりは今度はこの人になってとは言わないけど、この人のテクストの中に入り込んで今度はこっちの人の、ということで、いつも同じことをやっているというよりは、実はいつも違うことをやっている感じはあるんですよね。
村上)でも柴田さんはポール・オースターとかスティーヴン・ミルハウザーとか手持ちの作家がいっぱいいるわけじゃないですか。その人たち現役だからどんどん書いていくわけじゃない。追いつかないでしょう。
柴田)追いつかないです。それは困ります。やっぱり昔の記録を見ると、ミルハウザーが1990年ぐらいに出した本はちょっと時間かかったなって記憶があっても1年か2年後には僕、翻訳を出してるんですよ。
村上)向こうで出版されてから。
柴田)うん。でもいまは数年かかっちゃってます。
村上)それでもすごい仕事量ですよね。
柴田)いやでもやっぱり村上さんのように翻訳もやって、創作もやって、両方っていうのは……。僕の頭の中では翻訳者と作家というのは次元が違うもので。何かあるものからもう一回何か作る仕事とゼロから作る仕事っていうのは、重さが全然違う気がする。
村上)小説書く脳の部分と翻訳する脳の部分は全然違うんですよね。だからこっちで一所懸命やって疲れたなと思って、こっち来るとちょうどバランスがうまく取れていいんです。だから柴田さんみたいに翻訳中心でやってる人って……。
柴田)バランス悪いのかもしれないですね。
村上)ずっと昔、柴田さんと話している時に「僕は小説書けるでしょうか」って聞かれたことがあるんですよね。僕はどう答えるか迷ったんだけど、柴田さんは小説書くには頭が良すぎるんですよね。頭のいい人ってね、あんまり小説書けないんですよ。適当に悪くないとダメなんです(聴衆、笑)。あんまりバカでもできないですけどね。適度に抜けてるほうが小説家には向いてます。柴田さんはやっぱりある種完璧なところがあるからね。
柴田)高橋源一郎さんにも、どう言われたっけな、「君は小説を書くところにロックがかかってるね」って言われました。「ロックがかかってるから書けない」と。「そのロック、どうやって解いたらいいんですか」って訊いたら、「解けないね」って。でも高橋さん自身も、自分は小説は書けるけど現代詩が大好きなのに、詩は書けないって言って。自分は自分で詩にロックがかかってるんだと言ってましたね。


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Susie Cincinnati
The Beach Boys
15 Big Ones
UNIVERSAL MUSIC
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村上)次はね、僕が選曲したBeach Boysの「Susie Cincinnati」。この曲、知らないでしょ? だいたいの人が知らないんです。これは1969年(*1969年収録、1970年リリース)、Beach Boysが『Sunflower』というアルバムを出したときに録音した曲で、『15 Big Ones』(1976)というアルバムで日の目を見たという歌です。僕は結構好きで、このあっけらかんとした能天気さが大好きです。Susie Cincinnati。
<ビーチ・ボーイズがかかる>
村上)このSusie Cincinnatiさんはシンシナティでタクシー業をやっているんだけど、夜専門で夜遊びの人を送り届けるのが仕事というとても面白い歌で、これはブライアン・ウィルソンじゃなくてアル・ジャーディンというメンバーが作った曲で、全然話題にもならないけど僕が好きだという、ただそれだけのことです。
柴田)この『15 Big Ones』は『ペット・サウンズ』とか、いま思うと芸術性の高いアルバムに今ひとつついていけなかったBeach Boysファンが、出た時に「あ、これなら乗れる」って思えたアルバムですね。いまもいいと思いますけど。
村上)暗黒時代のBeach Boys。
柴田)暗黒時代の中でロックンロールミュージックとかロックの原点に還ってる……。
村上)ブライアンはもう薬でヘロヘロになってて、それ以外の人が結構頑張って曲を作ってるんですよね。
柴田)楽しいアルバムですね。
村上)僕らはだいたい1980年代から1990年代にかけて新しい作家をどんどん訳していったんですよね。僕の場合はレイモンド・カーヴァーとかティム・オブライエンが好きで、柴田さんはポール・オースターとスティーヴン・ミルハウザーとか……。
柴田)スチュアート・ダイベックとかスティーヴ・エリクソンとか……。
村上)すごくあの頃はなんか面白かったですね。新しいのがどんどん出てきて。最近はどうなんですかね?
柴田)雑事にかまけて新しい作家を読む時間がなかなか取れないんですけど、それなりにいるんじゃないかなと思うんですけどね。昔はよかったみたいなことは言うまいと思う。
村上)面白いのは僕の心を惹かれる小説と、柴田さんが心を惹かれる小説は違うんですよね。ダブらない。重ならないんですよね。あれは面白いくらい重ならないですね。
柴田)マッカラーズとかは重なっても不思議がないですけど、やっぱり僕より村上さんの仕事が早いので。
村上)古典に関しては例えばサリンジャーとかフィッツジェラルドとかアップダイクとか、そういう面ではお互いダブるところもあるんだけど……。
柴田)現代作家は重ならないですね。
村上)僕はポール・オースターがすごく好きでよく読むんですけど、訳そうとは思わない。というのはあまりにも整いすぎてる。柴田さんは整いすぎてる方が好きなんじゃないですか?
柴田)どうですかね。整いすぎてる作家が時々壊れるとすごく嬉しかったりしますよね。だからポール・オースターが時々「なんだこのぐちゃぐちゃな……」っていうふうになるのは嬉しいですね。


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Crazy Man Michael
Fairport Convention
Liege & Lief
Island
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美雨)じゃあ次の柴田さんの選曲は?
柴田)さっきのはアイルランドのThe Poguesだったんですけど、こっちはイングランドで1960年代の末あたりからイギリスの伝統的なフォークにロックの要素が入ったバンドがいくつか出てくるわけですけど、その典型のFairport ConventionというバンドのCrazy Man Michaelという曲を。
<フェアポート・コンヴェンションの曲がかかる>
村上)Fairport Conventionってボブ・ディランなんかの影響を結構受けてるんですよね。
柴田)そうですね、最初のうちは割とアメリカのフォークロックのコピーみたいなのから始めてるんですけど、このアルバムで一気にイギリスのトラディショナルなものとつながって新しいところに行ったという人たちです。この曲なんかもいかにもイギリスの伝統的なフォークソングを現代的にアレンジしてやってるみたいなんですけど、実は新作なんですよね。
村上)トラディショナルではないんですよね……。
柴田)リチャード・トンプソンというギタリストがこの歌詞を作って、それをトラディショナルな曲に乗せたんだけど、ヴァイオリンのデイヴ・スウォーブリックという人が「このメロディつまんないんじゃないですか」といって、「じゃあお前、曲つけろよ」ということで新しく曲を書いたという、そういう流れがあります。何といってもこういうイギリスのトラッドのバンドってやっぱり女性ボーカルが命で、これSandy Dennyというんですけど、僕はSandy Dennyのボーカルがあらゆる女性シンガーの中で一番好きかもしれないです。
村上)なるほど。さっき僕は頭の片側で小説書いて片側で翻訳をするって言ったんだけど、僕が英語を訳していて時々わからなくなるのは、mindとheartとsoul。どう訳し分けるか悩むことがあるんですよね。
柴田)でもなんかいまの手ぶりがバッチリ合ってたじゃないですか。マインドってこの辺、頭なんですよ、ラジオだから「この辺」じゃダメなんですけど頭にあって、ハートはそれこそ心臓のあたりにあって、ソウルはその奥だか下だかにあるものっていう…
村上)でも訳しにくいときはありますよね。
柴田)だから言葉にするのはまた別の話ですけど、感覚としてはそういう感じですかね。
村上)ベトナム戦争のときに「Hearts and Minds」ってあったじゃないですか。あれもね、アメリカ人はわかるんだろうけど、もう一つ分かんないところがあります。
柴田)逆に日本語の「心」を英語にどう訳すかっていうのも大変です。結局、英訳版でも夏目漱石の小説『こころ』のタイトルは『Kokoro』ですよね。
村上)「精神」がよく分かんないですよね。
柴田)そうですよね。一応mindに一番対応しそうですけどね。
村上)翻訳するとき、mindで困るときがあります。
柴田)mindとheartを比べれば、mindは頭ってことになるけど、mindとbodyと対比すれば、むしろ心のことだから……うーん。
村上)ちょっとリスナーからの質問があるんですけど。
「(ラジオネーム:ナッツ)翻訳を読んでいて時々原文ではなくこの日本語そのものが好きだと感じることがあります。そういう時その文章はどこまで原作者のものでどこから翻訳者のものなのでしょうか?翻訳者の個性が一番現れるのはもしかしたらこういう瞬間なのかなとも思っています。」
村上)僕が柴田さんから教わったのはとにかく正確に訳せと。端折(はしょ)るな、細かいところまできちんと調べて理解して全体を訳せと。だからずっと細かいところを正確に訳さなくちゃと思って訳してるから、文章に凝るということはあまり考えなかったんですよね。いまもあんまり考えてないです。読みやすい文章だったらそれでいいし、正確で読みやすければそれが一番であって、そこに自分の文章の味とか色を加える必要はないというのが僕の基本的な姿勢なんです。
柴田)いやもう全く同感です。自分の個性みたいなのがそこに出ちゃうとすれば、それは体臭みたいなもので、それは読者には迷惑なんじゃないかと思っているので。
村上)もう正確で読みやすいということをやっていると、それ以外のこと考える余裕ないですよね。だから「どうだこれで」というようなことはないですね。
柴田)そうですね、翻訳しててドヤ顔はしないですね。
村上)だから、僕にとって精神衛生にすごくいいんです。自分が小説を書いてるときはやっぱり自分の中から出てくるものを書いてるけど、翻訳をやってると、とにかく読みやすさと正確さということでこっちでできるから、すごく自分が楽なんですよね、精神的に。
柴田)読みやすさというのは別に、原文の難しいところを捨てて読みやすくするとかそういうことじゃなくて、英語の原書を読んだときの読みやすさと、やっぱりどうしても翻訳ってそれより読みにくいものになってしまいがちなので、とにかく原書を読んでるときの感じと同じにするってことなんです。
村上)原書を読むリズムってあるけど、そのリズムを崩さないように日本語に置き換えるんですよ。これ、難しいんですよ。というのは、文章自体をひっくり返さなくちゃいけないときもあるし、くっつけなくちゃいけないときもあるし、離さなくちゃいけない時もある。そうしないとリズムが生きない。不思議だけど、英語のリズムと日本語のリズムって原理原則が違うから、原理を移し替えないと読みやすくならないんですよ。
美雨)春樹さんは、(最初の小説の冒頭を)英語で書いて日本語にしたんですよね?
村上)最初の『風の歌を聴け』を書いたときは、まず英語で書いてそれを日本語に移し替えて、その文章のリズムで残りを日本語で書いている。
美雨)最初から日本語で書いているのとは違うリズムを求めてそうされた?
村上)日本語って言葉を知りすぎてるんですよね。だから英語で書くと文章も短くなるしボキャブラリーも少なくなるじゃない。そういうふうにして書くと、すごくものを書きやすかったんですよね。難しい言葉を使ってややこしい文章を書こうと思うと書けない。でも(英語で書いて訳したのは)最初の部分だけ。あとはこういう感じで書いていけばいいんだなと思って日本語で書いていけたんです。
美雨)それが春樹さんのリズムになったんですね。
村上)リズムってすごく大事なんですよ。音楽家で文章を書く人もいるし、絵描きさんで文章を書く人もいるんだけど、音楽家の文章ってリズムが流れるのね。絵描きさんの文章は止まっていてすごく描写がうまい。リズムの取り方はそれぞれ違う。
美雨)なるほど。それを訳しているときはそのリズムに自分もなるから、ちょっとしゃべり方とかも似てきたりしませんか? それはないか。
村上)ちょっとそれはないな。でもね、スコット・フィッツジェラルドの文章のリズムとトルーマン・カポーティの文章のリズムは全然違うんです。それをどういうふうに日本語に置き換えるっていうのはすごく楽しい。難しいけど面白い。フィッツジェラルド、難しいですよね。
柴田)そうですね。アメリカ英語じゃない感じがします。僕はアメリカの小説を訳すのが大半なのですが、翻訳するのに語彙を豊かにするにはどうしたらいいですかみたいなこと聞かれるんだけど、少なくとも現代アメリカ小説を訳す上で語彙を豊かにする必要ってほとんどないっていうか、むしろ原文にない背伸びした言葉とか抽象的な言葉が混じるのを排除していく方が大事なんです。その中でフィッツジェラルドは結構抽象語も使って、そのあたりがイギリス的だというのも乱暴ですけど、そこにリズムとしてはアメリカ的なリズムが結構混じっている感じがします。そういうふうな分け方はよくないかもしれないけど。
村上)面白いのは、僕はフィッツジェラルドとカポーティが好きなんだけど、彼らの文体からほとんど影響を受けてないんですよね。彼らの文体はすごく華麗で、持って回った文章があるんだけど、僕はそういう文章を書かない。でも翻訳するのは好きなんですよね。


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That's All I Want From You
Nina Simone
Baltimore
CTI Records
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<ニーナ・シモンがかかる>
村上)ニーナ・シモン、That's All I Want From You(私があなたに望むのは)。とても美しい歌で歌詞も素敵です。
柴田)ニーナ・シモンって言葉をポッポッポッとほとんど無造作に放っていくような感じがね、歌い上げるというような感じじゃなくてそこが素晴らしいですね。
村上)簡単に来ては帰っていく一日じゃなくて、継続的に少しずつ愛が育っていく日々を私が望むんだという、気持ちがすごくこもった歌だと思います。すごく好きなんです、この歌。

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「村上RADIO 翻訳夜話スペシャル ~音楽で仮定法を学ぶ~」、仮定法の音楽、いかがでしたでしょうか。柴田さんの解説、すごくわかりやすかったですね。世界で一番受けたい授業とまではいかずとも、東京23区で一番受けたい授業でしたね。そして、いつも素敵なサポートをしてくれる坂本美雨さんにも感謝です。
そして村上RADIO、11月はビートルズの「ホワイト・アルバム、ほぼ半分カバー」というのをやります。
それではまた。


大学の講堂で行われた公開収録の「村上RADIO」、いかがでしたか。今回のテーマは「仮定法」。おぉ~と思ったあなたも、はて? と思ったあなたも、村上さんと柴田先生の解説を聞いて知識も興味もグッと深まったことでしょう。英語の教科書で「仮定法過去完了」なんて書いてあるととても難解に思えてしまいますが、こうやって曲を聴きながら主人公の気持ちを考えたりすると、なんだかすごく分かりやすいですね。柴田先生の訳もたいへん勉強になりました。こんな風に自在に英語を扱えたら楽しいだろうなぁなんて思っちゃいますね!(村上RADIOスタジオ・チーム)

1949(昭和24)年、京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。’79年『風の歌を聴け』(群像新人文学賞)でデビュー。主な長編小説に、『羊をめぐる冒険』(野間文芸新人賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(谷崎潤一郎賞)、『ノルウェイの森』、『国境の南、太陽の西』、『ねじまき鳥クロニクル』(読売文学賞)、『海辺のカフカ』、『アフターダーク』、『1Q84』(毎日出版文化賞)、最新長編小説に『街とその不確かな壁』がある。『神の子どもたちはみな踊る』、『東京奇譚集』、『パン屋再襲撃』などの短編小説集、『ポートレイト・イン・ジャズ』(絵・和田誠)など音楽に関わる著書、『村上ラヂオ』等のエッセイ集、紀行文、翻訳書など著訳書多数。多くの小説作品に魅力的な音楽が登場することでも知られる。海外での文学賞受賞も多く、2006(平成18)年フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、’09年エルサレム賞、’11年カタルーニャ国際賞、’16年アンデルセン文学賞を受賞。