yes!~明日への便り~presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ

第二十三話 二つのJ -キリスト教思想家・文学者 内村鑑三-

yesとは?

  • 語り:長塚圭史
  • 脚本:北阪 昌人

『自分にyes!と言えるのは、自分だけです』
今週あなたは、自分を褒めてあげましたか?
古今東西の先人が「明日へのyes!」を勝ち取った命の闘いを知る事で、週末のひとときをプレミアムな時間に変えてください。
あなたの「yes!」のために。

―放送時間―
TOKYO FM…SAT 18:00-18:30 / FM大阪…SAT 18:30-19:00
FM長野…SAT 18:30-19:00 / FM軽井沢…SAT 18:00-18:29

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第二十三話二つのJ

しなの鉄道、中軽井沢駅から歩いておよそ20分。
森の中に、存在感のある建物が姿を現します。
『石の教会・内村鑑三記念堂』。
明治、大正と、キリスト教の布教に邁進し、日本人とは何か、後世に何を伝えるべきかに心を砕いた賢人、内村鑑三。
彼を讃えるために造られた教会は、一階が礼拝堂で、地下が記念堂になっています。
自然と調和する、圧倒的な石の静けさ。繊細なガラスの優しさ。
まるでこの地が出来たときからここにあるかのような一体感が、訪れるひとの心を癒します。
空をゆく鳥も、吹き抜ける風も、石の教会に敬意をはらっているように感じます。
石とガラスのアーチが幾重にも重なる、この建築を手がけたのは、アメリカの建築家、ケンドリック・ケロッグ。
石は男性をガラスは女性を象徴すると、言われています。
内村鑑三がとなえた、無教会思想。
祈れば、そこが教会になる。
彼のしなやかで、真摯な心は、今もここに生きています。
同時代の中でさまざまな軋轢(あつれき)と闘いながら、高尚で勇ましい態度を変えなかった男が、生涯を通じて見つめ続けたyesとは?

キリスト教思想家にして、文学者、内村鑑三は、1861年、高崎藩士の長男として江戸・小石川の武家屋敷に生まれた。
三度自分を鑑(かんが)みるべし、という教えから、鑑三という名がつけられたと言われている。
父は、鑑三が幼少のとき、群馬県高崎市での謹慎を命じられた。以来、高崎で教育を受ける。
そこで出会ったのが、英語。
彼は英語にひかれ、12歳のとき、単身上京して有馬学校英語科に入学した。
東京外国語学校に進んだとき、病のため、一年の休学を余儀なくされる。
しかし一年遅れたことで、翌年入ってきた二人の同級生に出会う。
後に教育者、思想家となる新渡戸稲造。
そして後に植物学者になる宮部金吾である。
三人の友情は生涯続いた。

そして、もうひとつ彼の一生を決める出会いがあった。
英文購読で読んだ『旧約聖書』。
1877年、明治10年のとき、新渡戸、宮部らと共に札幌農学校に入り、洗礼を受けクリスチャンになった。
当時、札幌には教会がなかった。
「オレたちが交代で牧師をやろうじゃないか」
毎週日曜日、学内で礼拝をおこなった。
三人は、これからの人生を二つのJに捧げることを誓い合った。
ひとつは、ジーザス、キリスト教。もうひとつは、ジャパン、日本。
内村は思った。
「オレは、日本のために、何ができるのか?」

内村鑑三はキリスト教の思想家ととらえられているが、一般的なキリスト教信者とは少し趣が違う。
教会も教義もない。祈ればそこが教会になり、たちまちイエスとつながれる。いわゆる無教会思想。
差別や拝金主義が嫌いだった。
23歳のとき、自費でアメリカに渡ったとき、本場のキリスト教の実態に幻滅を覚えた。
古来、日本において「学ぶ」とは知識を得ることではなかった。
人知を超えた天の声に耳を傾けることのできる霊性を身につける。
それこそが第一義ではなかったか。
ひとと比べる教育を最も嫌った。
「なぜ、そのひとを評価するとき、誰かと比べなくちゃいけないんだ?」
一方で、怠慢、怠惰を憎んだ。
「キュウリを植えれば、キュウリとは別のものが収穫できると思うな。いいか、ひとは、自分が植えたものを収穫するんだ!」

内村鑑三の人生は、決して平たんでも順風に背中を押されるでもなかった。
教育勅語への登壇、最敬礼をしなかったと揶揄され、社会問題になった。
妻の死、娘の死、多くの辛い別れを経験した。
精神を病んでいた母を失ったときは、「おまえのせいだ」と肉親になじられ、家族とは絶縁状態になった。
それでも、内村は、二つのJのために前に進んだ。
信仰と、自らの存在証明。後のひとに何を残すか。
各地を転々としながら、彼の旅は休むことを知らなかった。

『人間が後世に残せるもので、誰にでもできることがある。それは、高尚なる勇ましい人生だ』。
内村鑑三は言った。
高尚なる、勇ましい人生。まさしく、彼こそがそれを実現した。
47歳のとき、『代表的日本人』という評伝を英語で刊行し、世界に日本人の魂を説いてみせた。
取り上げたのは、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という五人の生涯。
彼は決して偉人伝を書こうとはしなかった。
内村鑑三という自らの人生を投影しつつ、人知を超える大きな意志を書いた。
彼ら五人は、そして内村自身も、人間を超えたものの存在を感じ、その意志に忠実だったに違いない。
そして内村は、日本人がそもそも持っていたもの、かすかな声に耳を傾けることのできる感性や、信じる心を忘れてはならないと説いた。
内村は、語った。
「この世は悪魔が支配するのではなく、神が支配する。失望の世の中ではなく、希望の世の中である」。

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PROFILE

  • 長塚 圭史

    語り:長塚 圭史

    1975年生まれ。東京都出身。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を旗揚げ、作・演出・出演の三役を担う。08年、文化庁新進芸術家海外研修制度にて1年間ロンドンに留学。帰国後の11年、ソロプロジェクト「葛河思潮社」を始動、三好十郎作『浮標(ぶい)』を上演する。近年の舞台作品に、『鼬(いたち)』、『背信』、『マクベス』、『冒した者』、『あかいくらやみ~天狗党幻譚~』、『音のいない世界で』など。読売演劇大賞優秀演出家賞など受賞歴多数。
    また、俳優としても、NHK『植物男子ベランダー』、WOWOW『グーグーだって猫である』、WOWOW『ヒトリシズカ』、CMナレーション『SUBARUフォレスター』など積極的に活動。

  • 北阪 昌人

    脚本:北阪 昌人

    1963年、大阪生まれ。学習院大独文卒。
    TOKYO FMやNHK-FMなどでラジオドラマ脚本多数。
    『NISSAN あ、安部礼司』(TOKYO FMなど全国FM37局ネット)、『ゆうちょ LETTER fo LINKS』(TOKYO FMなど全国FM38局ネット)、『世界にひとつだけの本』(JFN)、『AKB48の私たちの物語』(NHK-FM)、『FMシアター』(NHK-FM)、『青春アドベンチャー』(NHK-FM)などの脚本・構成を担当。『プラットフォーム』(東北放送)でギャラクシー賞選奨、文化庁芸術祭優秀賞受賞。『月刊ドラマ』にて、『ラジオドラマ脚本入門』連載中。
    主な著書に『世界にひとつだけの本』(PHP研究所)、『えいたとハラマキ』(小学館)がある。

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NEWS

特別版『オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!』
常盤貴子さん長塚圭史さん
風も、雨も、自ら鳴っているのではありません。 何かに当たり、何かにはじかれ、音を奏でているのです。
誰かに出会い、誰かと別れ、私たちは日常という音を、共鳴させあっています。
YESとNOの狭間で。
あなたは、自分に言っていますか?
YES!ささやかに、小文字で、yes!
毎週土曜日、明日(あした)への希望の風に吹かれながら、自分にyes!と言ったひとたちの物語を朗読でお届けしている番組『yes!明日への便り』。 1月8日は、その特別版「オードリー・ヘップバーンが教えてくれる、明日へのyes!」をお送りいたします。
2018年に没後25年を迎える稀代の大女優オードリー・ヘップバーンの波乱万丈な人生―女優になるまでの波乱に満ちた半生、輝かしい女優時代、ユニセフ親善大使として世界中の子どもたちに尽くした晩年までを、 女優の常盤貴子さんが演じます。
長塚圭史は「語り」の部分やオードリーの夫、また彼女の人生に影響を与えた映画監督の役を担当します。女優、オードリー・ヘップバーンが、私たちに教えてくれる、明日へのyes!とは?

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